2012年9月29日土曜日

「玉野みなと芸術フェスタ2012」基本計画

9月29日(土)

 一昨日(9/27)、芸術フェスタ2012の実行委員会が玉野市文化会館で開催され、提出した基本計画案が承認されたので、その内容をここで報告します。若干長いですが、興味のある方はどうぞゆっくりお読みください。
写真は、実行委員会の様子。

1. 「玉野みなと芸術フェスタ2012」の方向性と活動方針
 「玉野みなと芸術フェスタ」(以下「芸フェス」という。)は、宇野港をアートハーバーとして全国に情報発信することを目的に2003年にスタート、今年10年目を迎える玉野の秋のアートイベントです。
 現在、中心市街地の宇野・築港地区では、若手クリエイターに玉野に住んでもらい、楽しいまちづくりを行おうとする「うのずくり」の活動が活発化しています。又、玉野市は、来年開催される瀬戸内国際芸術祭2013に参加し、アートに親しむ町として力を入れ始めたところです。
 そのような環境の中、玉野の今後のあるべき方向は、「アートが楽しい魅力ある街」を、形として作り上げることではないかと考えます。芸フェスは、これまで一貫してその方向で活動してきました。今後もその方向で進むつもりでいますし、質の高いアートを追求したいと思っています。
 今年は、岡山県主催のおかやま芸術回廊・玉野会場が宇野港東山ビルで開催されます。芸フェスでは、この展覧会が上記方向性に沿った活動ということから、このイベントに共催という形で参加することとしました。
 そこで、今年は同時期に、岡山から世界に向けて活躍中の音楽家を招いて質の高いクラッシック音楽を聴くイベント「クラッシックフェスタ in UNO」を開催し、芸術回廊に相応しい時間を共有していただくこととしました。
 又、一昨年、築港商店街に展開したまちなかアート展「軒先計画」を、新たに完成するクリエイター交流拠点《uz》の軒先を借りて、拠点を運営するガラス作家/森美樹さんの作品を展示し、商店街散策をより楽しいものにするとともに、数年かけてこのような活動を根付かせ文化的な街の発展に繋がればと考えています。
 東部地区の活動から生まれた狂言の活動については、今年発足した「玉野しおさい狂言会」が独自の活動を行うこととなり、「しおさと狂言まつり」という公演イベントを開催することとなりました。製塩文化の息づく玉野において、新たな塩に纏わる新作狂言とともに、古典の狂言にも挑戦します。
さらに毎年人気の高い「学びと遊び」をテーマとしたタマノクルーズは、今年も玉野市西部(直島諸島、玉港、三井造船、日比・渋川港、玉野海洋博物館、大槌島)に向けた「たまの西海道」を開催します。
 芸フェス10年目の今年、来るべき次の10年に向けて、さらなる飛躍の年にしたいと思います。
そこで、来年2月には、関係者や市民の方々を囲んで、芸フェスの今後の進め方等を考えるシンポジウムを開催することとしています。

2. 各活動イベントの企画概要(案)
(1) 「クラッシックフェスタ in UNO」
a. 開催の目的
 県内で活動している一流のプロの音楽家を招いて、音楽芸術の素晴らしさを味わっていただき、併せて県内各地区で活動されている方との新たな交流を築くことを目的とします。今年は特に、クラッシックに焦点を当て、玉野では滅多に聴くことのできない本格的な古典音楽の素晴らしさ、奥深さを存分に味わっていただくこととします。
b. 実施内容
(a) 柾木和敬イタリアオペラとカンツォーネの午後
 ・企画概要:イタリアオペラとカンツォーネの魅力を、イタリアミラノを拠点に精力的に活動しておられるテノール歌手柾木和敬氏とその門下生カンティアーモの方に楽しく聴かせていただきます。
 ・開演日時、場所:11/10(土)14:00~16:00、玉野市文化会館ホール。
 ・プロフィール:岡山県立玉野光南高等学校卒業。国立音楽大学声楽科卒業。Accademia Europea di Musica プロフェッショナルコース修了(イタリア)。スロヴェニア国立ルブリアーナ歌劇場で歌劇「椿姫」でデビューし、ヨーロッパ各国でオペラ公演に出演。イタリアではブスコルド市立歌劇場と契約し、歌劇「トスカ」などに主役テノールとして出演する。日本では、東京、大阪などで「アイーダ」、「カルメン」、など数々のオペラに主役テノールや第九演奏会、ミサ曲などにもソリストとして多数出演する。地元岡山では、岡山シンフォニーホール主催のコンサートや、開館十五周年記念オペラ、開館二十周年“おかやま物語”オペラ「ワカヒメ」にて主役を演じる。岡山フィルハーモニック管弦楽団の第九演奏会のテノールソリスト、ルネスホール主催のオペラシリーズに主役テノールとしても多数出演する。福武文化奨励賞、マルセン文化賞受賞。藤原歌劇団正団員。現在、ミラノ在住。
写真は、柾木和敬氏のポートレート


(b) 友光雅司ピアノリサイタル
 ・企画概要:岡山を中心に活動しているプロのピアニストによる本格的なクラッシックピアノリサイタル。古典の代表的なピアノ曲を現代的な感覚で聴かせていただく、芸術フェスタならではの企画です。
 ・開演日時、場所:11/11(日)14:00~16:00、玉野市文化会館ホール。
 ・プロフィール:岡山県備前市生まれ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業後、オランダへ渡り、06年ロッテルダム音楽院研究科修了。「若い芽のコンサート」には93年、96年、99年と出演し、NHK岡山放送局長賞、指揮者賞、岡山県知事賞、遠山賞受賞。03年イタリアサン・ジェーミニー国際ピアノコンクールにてグランプリ受賞。これまでに日本、アメリカ、スロバキア、オランダ、イタリア、オーストリア、ベルギーでコンサート、リサイタル出演。ソロリサイタルはもとより、室内楽、音楽祭、オーケストラのソリストとして、スメタナ室内合奏団、ブラチスラバオペラハウスオーケストラ、群馬室内合奏団、ゼフィール合奏団などと共演し、精力的に演奏活動を行っている。
写真は、友光雅司氏のポートレート


(2) まちなかアート展「軒先計画」
a. 計画の目的
 この計画は、宇野港~商店街等へのルートの軒先や店舗に長期的なアート作品を設置し、パブリックアートを鑑賞しながらまち歩きを楽しめる、まちなかアート展「軒先計画」を開催するものです。観て楽しく人を導くような作品を観光客や散歩がてら訪れる地域住民に身近に鑑賞してもらい、作家又は作品と鑑賞者との間に相互のコミュニケーションやクリエイティブな交流が生まれることを期待します。この地域にこのような作品(鑑賞の場)を数年かけて根付かせることにより、文化的な街の発展を目指します。
b. 出展作品及び出展者
 ・一昨年、美術家/清水直人氏の作品「Migratory bird→LIFE」を、築港商店街にあるアート工房るんるん島の軒先に展示し、街歩きをする人たちに街中アートの楽しさを味わっていただきました。
写真は、芸フェス2010で制作された清水直人氏の作品「Migratory bird→LIFE」

 ・昨年、商店街再活性化策として推進されてきた若手クリエイター移住計画と連動して、移住してくる作家の作品を移住先住居の軒先に展示する形で進めることを計画しました。
 ・その第1号としてガラス作家/森美樹さんの作品を新たなクリエイター交流拠点《uz》※の軒先に展示したいと考えていましたが、拠点作りが1年先延ばしとなったこともあって、今年、森さん作品による「軒先計画」を《uz》の軒先で実施することとしました。
※注:《uz》(うず):昨年発足したうのずくりプロジェクトにより、今年度事業として新たに完成した、カフェとギャラリーを併設する移住者支援のためのクリエイター交流拠点。
写真は、完成直前のuzファサード。
 

(3) 「しおさと狂言まつり」
a. 企画概要:玉野の地場産業である製塩に因んだ新たな創作狂言や古典狂言を鑑賞していただき、狂言の持つ笑いの芸術を多くの市民に体験していただきます。
b. イベント概要:
(b) 舞台公演:「塩」を扱った新作狂言と今年から本格的に習い始めた古典狂言を3題、プロの狂言師による本格的番組の公演を、11/25(日)、文化会館で開催。
(c) 鏡板制作WS:持ち運び容易な布製鏡板の制作WSを、H25年1~2月予定で開催。
(d) 3月公演:3/2(土)開催予定の後楽園開園記念イベント、及び3月下旬オープン予定の「たまの湯」開業記念イベントに、新作狂言の公演を計画します。
写真は、昨年5月に開催した「児島で狂言を楽しむ」の一場面
 

(4) タマノクルーズ「たまの西海道」
a. 企画概要:宇野港~玉港~渋川港を結び、備讃瀬戸海上から玉野市西部の歴史、地理、文化、産業を学びます。玉港では船上から三井造船の大型船進水や工場を見学、海と調和する人と産業の営みを学び、渋川港では玉野海洋博物館を見学、海の生態や環境を学ぶ等、「学びと遊び」をテーマとしたクルーズを計画します。
b. 募集概要:
(a) 開催日時:2012年11月1日(木)9:00~16:00
(b) 参加料:大人(中学生以上)4,800円、子ども(満3歳児以上)3,000円、幼児(満2歳児以下)500円
写真は、2011年タマノクルーズに乗船されたお客さんの楽しそうな笑顔。



(5) シンポジウム「楽しいアートのある街(仮)」
a. 目的と狙い:今年芸術フェスタが10年目の節目を迎えたこと、来年直島を中心とした瀬戸芸2013が開かれ玉野も参加すること、今年認定された中心市街地活性化基本計画にアートが取り上げられたこと等、玉野でも文化芸術にも目を向けようという機運が芽生えだしたところです。そんな状況を踏まえ、「アートが楽しい街とは」、「アートとは何か」、「アート或いは芸術文化が市民に与える影響は何か」といったようなことについて、識者や市民に語ってもらい、今後の玉野におけるアート活動の進め方、芸フェスのあるべき姿を探ることとします。このようなシンポジウムは、得てして不毛な議論に終始することが多いのですが、兎も角今回は、アートがまちづくりに及ぼす影響について考える機会を設けること、又、芸フェスの役割をしっかりと認識することが大事なことと考え、企画することとします。
b. 開催要領
(a) 開催日時、場所:2月3日(土)14:00~16:30、玉野市文化会館ホール
(b) 基調講演:テーマ案「カルチャークリエイティブの魅力(仮)」(講師:選考中)
(c) パネルディスカッション:テーマ案「楽しいアートのある街(仮)」。(出演者:選考中)

2012年9月27日木曜日

タマノクルーズ「たまの西海道」実施計画

9月26日

毎年市民に人気の瀬戸内を観光船で巡るクルーズ。今年も、宇野港から直島諸島経由で渋川へ向かう。途中、三井造船の勇壮な進水式を見学する。

1. 計画概要:
今年11月1日、宇野港から直島諸島及び玉港を経由し渋川港に至る備讃瀬戸をクルーズし、海上から玉野市西部の歴史、地理、文化、産業を学ぶ。途中、船上から三井造船で挙行される進水と艤装中の大型船や工場を見学、海と調和する人と産業の営みを学ぶ。その後、渋川港に上陸、昼食休憩後、玉野海洋博物館を見学、瀬戸内海の生態と海洋文化を学ぶ。

2. 計画の目的:
数多くの島嶼群が連なる瀬戸内海は、昔から東西を結ぶ交流の動脈だった。そのため瀬戸内の各地域には幾つもの逸話や物語が語り継がれ、景観の美しさと共に歴史の楽しさを感じさせてくれる。この計画は、宇野港から渋川港までの玉野市西部を結ぶクルーズで、海上から現在の玉野を眺め、西部地区の歴史と産業、海洋文化に触れることにより、瀬戸内海の素晴らしさと海の生態の面白さ、海と人及び産業との調和の大切さを学ぶ。

3. 期待効果:
玉野市西部に位置する渋川は、日本の渚百選にも選ばれた風光明媚な海岸、子どもたちの海洋研修場・岡山県青年の家、海をテーマに開館した海洋博物館等を有し、海洋のことを学ぶには最適な場所である。特に玉野海洋博物館には、大小34の水槽に瀬戸内海の種を中心とした、日本各地の海洋生物約180種2,000点を飼育展示しており、海洋生態を学ぶには絶好の場である。
又、日本有数の造船社・三井造船㈱艦船工場及び機械工場を海上から見学する他、直島、京の上﨟島、大槌島、竪場島等瀬戸内の多島美を間近で堪能し、島の歴史や海から観る玉野の文化・産業等を学ぶことは、海の環境保全の重要性及び海洋産業の面白さを膚で感じることのできる貴重な体験である。

4. 今回計画の特徴:
 a. 全般:クルーズ船の上から進水式の勇壮な姿、艤装中の大型船や造船現場を間近に見学するという、他では味わうことのできない工場見学の企画である。又、多島美の瀬戸内周遊と海洋博物館見学を通じて、海洋環境保全の重要性を認識する。
 b. 健康・安全への配慮:クルーズ船から造船所に上陸するのではなく、造船所のスタッフの方(説明者)にクルーズ船に乗ってもらうことにより、乗船客の乗下船時の危険を防止する。
 c. 環境への配慮:渋川港に上陸後、渋川海岸に落ちているゴミ等を拾いながら次の目的地まで移動し、海浜の環境改善に協力する。

5. 募集要項:(詳しくは、募集チラシご参照)
 (1) 開催日時:11月1日(木)9:00~16:00
 (2) ルート概要:宇野港~京の上﨟島~直島諸島~船上からMES工場&進水見学~日比・渋川港~マリンホテル・昼食~海洋博物館見学~渋川港・大槌島~宇野港
 (3) クルーズ船:からこと丸(定員70名、但し、室内は60名)
 (4) 募集定員:55名、年令、性別不問
 (5) 乗船料:大人(中学生以上)4,800円、子ども(3歳児以上)3,000円、幼児(2歳児以下)500円
 (6) 当日配付物:クルーズ資料、ゴミ袋(渋川海岸ゴミ拾い用)
 (7) 参加申込先:玉野市観光協会
住所:玉野市築港1-1-3 FAX: (0863)32-3331 Eメール:info@tamanokankou.com





2012年6月21日木曜日

「宇野情話 洲巻長兵衛」の紹介を終えて

6月21日

宇野に残る恐ろしい伝説「簀巻きの長兵衛」の物語を小説風に書かれたものを9回に分けて紹介してきたが、如何だっただろうか?
(9回で終わったのは、苦界に投げ込まれたからではない。)

面白いと言えば面白い物語ではある。しかし、正直小説としての価値には疑問があったし、歴史書としての値打ちは全くない。ただ、この本が昭和10年に書かれた未発表の小説というところに値打ちがあると思うし、恋愛に対する人間の感情というのは、いつの時代も変わらないということがよく分かるという点で価値を感じることができる。
又、宇野の若い衆が色男の長兵衛を嬲り殺し、簀巻きにして獺越の浜に投げ捨てるという残忍な行為に至った経緯も、この筋立てだけではなかなか納得がいかない。彼らが単に悋気だけでこのような一方的な狼藉に及ぶという、単純過ぎる集団だったとは俄かには信じがたい。長兵衛自身にも何らかの落ち度があったとういうのが、人間心理としては正しいような気がする。
それと、長兵衛が浜に放り出された後、宇野の村人が訳の分からぬ奇病に倒れ、それが長兵衛の祟りであろうと恐れた村人たちは、長兵衛の霊を鎮めるためにお地蔵様を作っただけでなく、毎年7月23日に長兵衛の霊を慰めた。その後、今に至るまで連綿と盆踊りが続けられている。そのような後日談もこの小説には書かれてないという点で、やや物足らなさが感じられる。
ただ、間に描かれた挿絵は、当時の姿や風景がうまく描かれ、中々秀逸な絵である。

今回、ここに紹介したのは、このような小説を書いた人が宇野に居たということを紹介したかったからであり、宇野の伝説とその後の対応が今も続いていることの原点を知ってもらいたいと思ったからである。
今があるのは、それを生じさせた歴史と謂れがあるということだ。

2012年6月20日水曜日

宇野情話 洲巻長兵衛(9)

第9話 渦潮 

 今夜は嬪入りの夜だ。
 外には庄屋が迎えに来た花婿の駕籠と、花嫁の駕籠が提灯をつけて、綺麗に並んでいる。駕籠担ぎが勝手の方でよばれていい機嫌になっているらしい。
 仲人役の平左エ門さんや花婿、その庄屋の親戚がずらりと、座敷に礼装をもって待っていた。花嫁の支度を待って貰って帰るのだ。沢山つけられた行灯の灯りの中に、面白い話や、目出たい数々の物語りに花が咲いている。
 それが次の間で衣装の着付けをしている加代の耳にはよく聞えた。
// 嬉しくない結婚式。父母が勝手に決めてしまって、私に嫌な想いをさせるのだ。家へ帰ってから丁度今夜で十七日だ。家に帰ってから、それ衣装だ、箪笥だ、長持だ、結納だ、といって親達の勝手のままに今日まで来てしまった。が、私はどうしてもこのお嫁入りなど出来るものじゃない。二三日したら帰るわ。きっと帰るわ。と固く約束した長さんは、どんな思いで待っていて下さるだろう、長さんは怒っていなさるに相違ない、私がこんなに大きな嘘をついているのだから。
 だって私、お嫁に行きやしないからいいわ、死んだって行きやしないから。帰る時、土橋の上まで見送って下さった長さんは、今どうして待っていて下さるだろう。//
 彼女は、一人思って一人泣いた。
 その中に髪結も済み、衣装の着付けも終った。
 勝手口の方では人の出入りがやかましく賑やかで、人々がみんな悦びの挨拶だ。座敷の方でもわいわいと哄笑がもれて来る。
// 今夜、輿入れか、結婚か、虚栄の為の縁か //
 そう思うと彼女は切迫詰まった今、もう結婚の心などは飛んで、恋しい長兵衛の上に走っていた。
角隠しも着けてしまった。それは夢のようであった。
「一寸、裏に出て夜風に合って来ますワ。」
 彼女は裏に立出でた。
 東の塩田の上にある丸い月が裏山の林に蒼白い影を落している。
// あッ、長さんと一緒に眺めたあの月、祭の前に眺めた夜半の月もあんな色だった。//
 彼女は吾にもなく走り出していた。
 裏の繁みから細い山路へ、山路からとろとろと下って様子を知った田んぼの中へ、田んぼを通り抜けて街道へ、彼女は小走りに走りかけた。
// あ、長さんに会わなきゃ、今夜のこんな有様を話して、許しを乞わなければ、長さん、あの月影を見ながら待っていて下さい。//
 婚礼の盛装のまま彼女は真白く月影にうかんで見える街道を宇野へ、宇野へ、と一散に走り出した。
 十五日程泣きつづけた涙の心も、今日はきれいに拭われてしまった。
 三町程走ると大きな峠にかかる。平生は昼でも恐ろしいこの峠、松と杉と雑木と雑草の生茂る峠の山、黒い巨大な牛の横たわるように見えるこの峠の中も、ごろごろとした凹凸の険しい路も、何の不安もなく、頂まで駆け上った。
// もう四里程行けば宇野だ。//
 彼女は一息に峠を駆け下りた。重たい着物と帯が邪魔になって仕方がない。パッと着物の裾を端折った。頭がくらくらする。手を当てて見れば大きな島田に角かくしがかかっている。
「こんな物は用がない。」
 傍らの道草の中へ投げ込んだ。
 峠を下り切ると右手は山、左手は海、海と山の境が僅かな一本の砂浜路、長く長く何里となく続くこの道を、一生懸命で走り続けた。蒼白い月の光が何物をも深い静寂の中に押沈めていた。
 今夜は波が荒いのか、押寄せた波しぶきが顔のあたりへ飛んで来る。道は走りにくい石ころ混じりの砂浜だ。幾度も転びそうになりながら、
// 長さん待っていてよ。加代は結婚なんかしませんから //
 そう心で思いつめて、どんどんと走った。
 心は焦り焦り跳び続けるけれど脚は心に伴わない、だんだんだんと腰から下が棒のように固く、感覚が次第に失われて来るのを感じた。始めのように石を蹴っても痛くない。物につまずいても容易に起き上れなかった。呼吸が波の音よりも激しく、胸のときめきも大きくなってきた。
 月にうかんだこの水と土との境の一本路を、唯一つの運命の絆の如く、前もいいか後もいいかわきまえなかった。唯この一筋の道、この海岸線のうねりに添った一本の砂浜路が宇野へ通ずる路なんだ。
// 長さんが待っている。長さんの声がする。あ、速く急がなきゃならない。//
 この辺りはもうどこらであろうか、と彼女が右手の家村の方を振り向くと、入り込んだような山の奥に、黄色い灯りがちらちらと散らばって見えた。
// あ、ここは後閑だ。//
// まだまだ宇野は遠い。何故、早く駆けられない。//
 心はもうとっくに、宇野の灯を見、宇野の村を眺めているけれど、体は歩くよりも遅かった。歩いているよりも引きずっているのだ。
 後閑の入江の奥の黄色の灯影も彼女から中々遠ざかろうとはしない。
// ええ、いまいましい。//
 さっきから少しゆるみ掛かって来た帯が気にさわってきた。岡山から舟で買ってきた庄屋の調度の一つ、この羽二重の自慢の帯もけがらわしい。身に着けたい物ではなかった。
 ゆるみかかったのを幸い、ぐるぐるとほどいて手に巻きつけて畳むと、波を目がけて
// ええ癪にさわる。//
 投げ捨てた。
// 帯も着物も大切じゃない、長さんに約束を果たすのが、一番大切なのだ。//
 彼女は、一本の腰紐をほどいて、たすきにかえた。
// 頭にはまだ島田がある。//
 ぐらぐらとゆすっている中に、だんだんと根がゆるみ始めた。強く強く引きむしるようにゆすると、髪はばらばらと洗髪のように後へ流れた。
// これでいい。これでさっぱりしたわ。//
 彼女は運ばない足に鞭打って、心と体の調和しない速さに悩まされながら、漸く田井から宇野越の峠へかかってきた。
「あ、宇野が見える。長さんの宇野だ。」
 蒼い月影が静かに夜の村に降りかかっていた。長兵衛とこの前別れた土橋も、銀色に光る大川の上に見えた。
 長兵衛のいる懐かしい酒屋の倉も家も彼女が奉公先の旦那の大きな邸も、塩田も葭の原も、小さな百姓屋のほの黄色い行灯の灯影も、ずんずんと更けて行く夜のうるんだ月の光の中に安らかな夢を迎えているように、すべてが静寂な村であった。
 彼女は疲労も何もない。足の足袋が破れて血が滲んでいるのさえ判らなかった。冷たい夜風に汗ばんでいる肌もこころよく、峠から真直ぐに松林の中を駆け下った。
 長兵衛と判れた土橋を渡って、田んぼの路を過ぎて村に入ると、直ぐ長兵衛の酒屋へかけった。
 門から玄関へ飛込んで、長さんに逢わして貰いたかった。が、彼女にも未だ理性は失われていなかった。今までどこかにひそんでいた理性が静かに、胸から脳裏へずんずんと蘇ってきた。
// こんな取り乱した姿を人に見られては風が悪い。長さんにこんな帯も着物もバラバラになっているところなど見せたくない。//
 彼女はそう思って、玄関の中へいきなり飛込むことは躊躇された。
// そうだ? //
 彼女はつぶやいて、門の側から塀伝いに長兵衛の部屋の下まで来た。
 窓の下から上を見上げると、部屋の灯がない。實直な長兵衛が夜帳面の整理に、日頃夜中までは消したことのない灯なんだ。それが見えない。
// どうしているのかしらん。長さんの名前を呼んでみよう。// 長さん、長さん。//
夜逢いたくなってやって来る時には、何時もこの窓の下で呼ぶのだったが、今夜に限って返事がない。
 彼女は、又、不安が焦燥と共に胸を固く緊めつけてきた。
// どうしよう。又、困ってしまうわ。//
 仕方なしに門の方へ引かえそうとした時、向うの方の路から沢山の提灯の影がぞろぞろとやってきた。
// なんであろうか。//
 と思って、門と部屋の方に続く塀の窪みに身を屈めていると、
 ぞろぞろとやって来る人々の足音と共に、話声が明瞭になってきた。
// もう到底生きてはいまい。昨日も山捜し、今日は海辺り探し、それに村中総出の有様じゃからナア。もう望みはないよ。//
// 俺もそんな気がする、平生真面目な長兵衛だから、主人の使いに行って二日も三日も帰らずに、他の方へ行っているなんてことは全くない。これ程までに捜して居ないんだから、よくよく居ないんだ。//
// そーら、この前の祭の夜さも、村の若え衆が寄り集まって、彼を袋叩きにしたというではないか。あの時にも半殺しになっていたんだからナア。今度も行方が知れぬのは十中八九まで殺られているのに違いはない。//
 村の年寄った人や中老の人達がゾロゾロと三十人程門の中へ入って行った。
 彼女は、思いがけなくもそれが長兵衛の危難の話であると思うと、悶絶しそうな体を、漸くそこの土壁に支えていた。
// ナント、長兵衛のような素直な男を、どうした事かナア、村の若い奴等の悪戯か、それとも狐の仕業か。だが、あの藤井の海岸のおそごえあたりに散らばっていた、着物の千切れや帯の切れは、ありゃ長兵衛の物に違いねえよ。//
// そうだそうだ。あのあたりに転がっていた下駄や帳面から見ても、もう長兵衛は生きてはいないに決まっている。あすこらで暴れたらしい人間の足跡を見ても分る。殺されて海に投げられたんだよ。//

 長兵衛が不明になって、行方捜査に出掛けた村人達が、その結果の報告を酒屋の主人に告げるべく、そんな話を口々にしながら、門の中から玄関の方へやって行った。
// あの人達が今話しながら通ったことは、みんなほんとうのことなんだ。長さんが居ないのは殺されているに決まっているわ。確かに村の若い人たちに苦しめられ続けたんだもの。もうちっとも間違いッこはないわ。//
 彼女はフラフラとして立上った。
 体中の希望と力がどこへ奪われてしまったのか。さっきまでしまり切った力の泉はどこに行ったのか。山田から一息に走ってきたあの意気は。彼女の頭には、もう何も考える力も求める心も失われてしまっていた。余りに忽然として現れた絶望のみが、空虚な渓となって寒々しげに、体の中を流れて行った。
 足袋はだしの爪先からは、冷たさへ擦り傷の疼きが、キリキリと下腹の方にこみあげて来る。夜の寒さと疲れがにわかに襲ってきた。
// あ、あ、すべてが駄目か? //
 彼女はよろよろよろよろと、あてもなく歩き始めた。黄色い月と蒼い光の中を、何時か道は藤井の海岸であった。
 磯慣松の間を、尚もよろよろとして歩んで行った。
// 村の人たちの言っていたおそごえ。ここがおそごえだ。あの引潮のすさまじい流れの中に、長さんは投げ込まれてしまったのか。//
 沖は引潮が高辺あたりの海へ向けて、恐ろしい速さで、波頭をたてながら渦を巻いて流れていた。気味悪い渦巻きの音が聞こえて来る。
 昔から水死人が流れてきたり、身投げする者が多いこのおそごえには、一本松の下にお地藏様が立てられていた。
// お地藏様に訊いて見よう。//
 幻滅の悲しみに空ろになった心に、そうつぶやいて、彼女がお地藏様に近付きかけた時、
 ちらっと、彼女の目を射るものを砂の中に見つけた。
// 妙に気にかかる。貝殻かしらん。・・
 手を伸ばして拾ってみると、それは千切れて半分になっているかんざしであった。
// あらッ、かんざしだッ。忘れられないこのかんざし、長さんと二人でこの一本のかんざしを割って、半分ずつ肌身離さず持っていようと誓ったこのかんざし。//
 彼女はそれを抱いたまま、蒼い月を眺め入った。
// 長さんがここまで逃れてきて、このかんざしを落としてしまったのだ。この誓いのかんざしを、・・・・・・・・ 私のかんざしも出して見よう。//
 彼女は懐の中から大切そうにかんざしの半分を取り出した。
// 長さんの持っていたのと合して見ようー。//
// アア、このかんざしはぴったりと合うのに、何故、長さん居てくれないの。あの夜、二人で千切ったかんざしのことが想われる・・・・・・・・・・//
// 長さん・・・・・・・・長さん・・・・・・・・//
 渚をあちこちと、よろよろよろよろと歩みながら、声を限りに叫んで見た。答えるものは松風の音と、潮の響きよりなかった。中空に浮んだ丸い月と、ちらばらに輝いている星の光のみが、人の運命を嘲笑うかのように、静かな瞬きを続けていた。
// 加代さ――ん、加代・・・・さあ――ん・・・、加代さあ・・・・・・ん。//
 どこからか、懐かしい長兵衛の声が聞こえて来た。
 彼女は、ふと耳をそば立てた。
// 加代さあ・・・・・ん、かよさあん・・・・・・、加代さあ・・・・・・ん。加代さあん・・・・・・・・・・//
 潮のどよめきの中で、続けさまに彼女を呼ぶ長兵衛の声が聞こえた。
// あら長さんだ。長さんの声だ。//
 彼女は沖へ突出している岩の先へ、駆け出して行った。
// 加代さあん・・・・・、加代さあん・・・・・・。ここだよ・・・・ここだよ・・・・お出でよ・・・・・・お出でよ・・・・・・・・//
 長兵衛の声はまだも、潮の中から聞こえてくる。
「長さあん・・・長さあん・・・・・どこ―・・・・長さん・・・・・・。」
 彼女は叫んだ。
// ここだよ、ここだよ、加代さあん・・・お出で、おいでよ・・・・・・・・//
 波の底に笑いながら、長兵衛が彼女を招いているではないか。
// 長さん、あ、なつかしかったわ。そこにいなさるの・・・・・あ、恋しい長さ・・・ん。//
 どぶん! 彼女は何物かに抱きつくように、波を目がけて身を躍らせた。
 白い泡と、飛び上がったしぶきが金色に光った。けれど、もうその姿は渦巻いて流れる潮の中には見出すことは出来なかった。

                                (完)

2012年6月19日火曜日

宇野情話 洲巻長兵衛(8)

第8話 血祭り

影が近づいたと見れば吾一である。
「長兵衛ッ、貴様、仲々寿命に未練のある奴だナア。村の祭りの時もいい具合に伸ばしてやったが、未だいじいじしていやがったナア。」
舟乗りの甚助が近づいて、彼の肩先をゴンと突いた。
長兵衛が恐々に自分の周りを見廻すと、何時の間にか十二、三人の顔見知りの若連中が取り囲んで、冷たく無言で彼を見詰めている。
彼は全身の神経を奪われたように、腰から下が他愛もなく震える。
// 逃れないのだろうか //
そんな考えがサッと走った。
// どうしてでも遁れなければならぬ //
そんな考えもサッと胸をかすめた。
「皆さん、どうか帰らして下さい。」
哀願しながら押え切れない心の焦操を、体に波打たせながら、皆の面を拝むように見渡した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
誰も一言も発しない。
言葉を発しないほど深い陰謀が隠されているのだ。
「皆さん、俺は悪いことはしてやしないんだ。早く帰して下さい。」
「喧しいッ。」
誰かが彼の腰のあたりをしたたか蹴りつけた。
恐しさと逃れること以外思っていない彼は、そこによろよろとよろめいてつまずいた。
皆の憎悪にやけるような視線が、彼の体一面にびりびりと射されるように感じる。
「こら長兵衛、いらぬ事は長く言いたくねえが、冥土の行き土産に一言知らしてやろう。実は今朝からこの若い者が全部寄り集って、貴様の大切なものを貰うことに決めたんだ。重ねて聞かしてやるが、貴様も村祭の折りくたばっていやがったらいいものを、塩田見張り旦那などの取りなしで、又痩せ命を継いでいやがるんだ。貴様がいちゃ俺達宇野の娘等に顔を向けられねえよ。これからナア、いいところへやってやるから安心しろ。」
沈黙の中で八藏が口を切った。
「八藏さん、許してくれ。俺は酒屋へ奉公のために来て、年期の間勤めようと一心になっているんだ。年期の奉公が済んだらどこへでも去ぬるから、否、今の今からでも俺は国の方へ帰るから許してくれ。」
長兵衛はひざまずいたまま八藏を見上げて心から言った。
「長兵衛、もう遅い。その心で往生の土産にしろッ。」
脛をまくると、ポイ、と八藏は長兵衛の肩先を蹴上げた。
「八藏さん、ひどいナア。」
後へぐらりと転げながら八藏を睨みつけて、ぐっと立上ると、そこの人垣の間を素早く逃れ出た。
不意を打たれて一同の者は、逃がすものかと長兵衛を追った。
// もう彼等につかまっては最後だ。どうしても逃げよう。ここから海岸伝いに池の方へ出て、そこから旦那さんに助けて頂こう!
// どうしてもつかまってはならぬ //
長兵衛はそう僅かに理性で感じたが、心は無二無散、火をかけられた鼠のように、海岸の磯慣松の間をどんどんと走りつづけた。
黒い影が十二、三、又それに劣らぬ速さで追って行く。
 
夜はすっかり拡がってしまって、西の方に遠く玉の塩田の灯がぼんやりと浮かんで見える。思い出したように吹く磯風が松の梢をザーザーと騒がせた。
一言に物を言わぬ十二、三の黒い影、緊張した空気が松の間から砂山へ、砂山から更に松原へ、松原から渚へ、渚から又砂山へ、長い長い遠浅の砂山を追う者と追われる者の影が点々として、夜目にもほの白い砂の上を走って行く。
海も暗い、島も暗い。左手は垂れ下った絶壁の崖。行く手の白い砂の浜に行く路はないのだ。
長兵衛は下駄も脱ぎ羽織も捨て、懸命に走ったが、後から追ってくる者の足も速い。この崖の突っ端を廻ると池の浦あたりになろう、と思った時、
「こらっ、長兵衛っ。」
一言息せき切って怒鳴ったと思うと、誰か跳び付いてきた。
「何をっ。」
跳びついた勢を利用して長兵衛が腰を上げて肩をかがめると、その男は前へスッテンと転んだ。
がくがくと足の胛のあたりまで喰い込む砂浜は、度々彼も転げそうであった。
//早くあの突っ端を廻って池の浦から本村へ、そうして主人の家に助けていただかなくちゃ//
浜も砂から石ころに変わって来た。
ころころとした石ころの渚は、砂よりもまだ走り難い。
後の間近でも走る者の足音が聞える。
もっと速く、速く速く、心はもう旦那の顔が見えるけれど、体はまだまだ長い浜辺を走っている。
目ざす突っ端の山崩れで、渚に岩のころがっている下まで来た時、
「あつっ?」
そこに転げていた水苔の附いた、小さな岩にけつまずいて、ころころと彼の体は波打際へ。
「しまったっ!」
立上ろうとした時は、後から来た者のために身動き出来ぬ程押しつけられていた。
「よくも長兵衛、逃げやがったナア」
「もう容赦はないぞ!」
「ええ、一思いに参らせ、参らせ!」
「長兵衛、貴様性根の太い奴だナア。」
拳骨と足蹴と罵りが雨のように彼の頭に降りかかった。
誰も彼も呼吸がととのわぬ程に乱れている。誰しもが根限り走り続けたのだ。
// もう駄目だ。//
彼は、抵抗しようにも起き上った時は、手も足も荒縄をもって縛りあげられていた。
「この野郎。」
「この野郎!」
拳骨や棒切れが飛んでくる度に、神経が痛烈な悲鳴をあげた。
頭といわず、顔といわず、胸のあたり腰脚、所構わず憎悪の一撃一撃が加ってくる。
長兵衛は、ぐったりとそこへ崩れた。
鼻からは血が抜けて口の中へどろどろと流れ込んだ。眼尻からも額からもみみず腫れや切れ口から、滲み出した血糊が顔一面を染めて、暗い中でもぞっと身震いする程気味悪かった。
「おい村の若連中、よくも俺をむごい目に遭わしたナ。俺は何にも言わねえけど、よく覚えておれ。長兵衛がこの眼を覚えておけッ‼」
彼はそこに立って、てんでに棒切れや縄切れをもって立っている一同を睨みつけた。
血走った白目、悪鬼の如き形相、一同はじりじりと後退りした。
「構わぬ。皆やってしまえ。」
八藏が下知すると、
「誰もかも腹の空くだけ叩け、叩け。」
又誰かが命令した。
一斉に思い思いの一撃が降りかかるあられのように・・・・・。
「ウム、ウム・・・・・・・。」
長兵衛は意識があるのかないのか、唸りつづけた。
頭の髪は乱れて額がこめかみをきたなく流れ、着物も帯もばらばらに引破られて、泥と砂と水苔がどろどろとしてくっついている。
「おい早く持って来い。簾と縄を。」
年量のが言うと、まだ若いのが、長い竹の簾を担いで来た。
「それだ。それだ。」
「長さん、悦べ。」
「ワハハ・・・・・・」
口口にはしゃぎながら簾の中へ長兵衛を巻込んでしまった。そうして簾が開かぬように、上からも荒縄をもって固く縛った。

簾の中では、苦しい無念そうな長兵衛の声がうめく。
「これが村の若者の血祭りと言うものさ。」
吾一がそう言って端の方をもたげた。
すると又、二三人の者がそれに肩を入れて、よいさと担ぎ上げた。
「ソラ行け?」
簾を担いだ者が駆け出すと、他の者はそれにつかまった。ワイワイと凱歌をあげて・・・。
一町ばかり引返すとそこは急流が渦巻く、岩の突端があった。
「ここから投げよう。」
「ヨーシ。」
「一つ、二つ、三つ。」
十二三人の者が手を掛けて、拍子を揃えて放り込んだ。
=ドブン=
なまぬるい水音があがったが、それは渦を巻いて流れて行く引潮の音にかき消された。

×××××× ××××××

2012年6月18日月曜日

宇野情話 洲巻長兵衛(7)

第7話 大切なもの

加代が山田の親の家へ帰ると言ってから早十五日が来た。
// あの娘はどうしているかしらん。加代に限って、二三日すれば必ず戻りますわ、と呉々も約束しているのに・・・・・・・・。彼の女が心を替えたとも思われぬし、病気でもして具合が悪いのかしらん。このように何日経っても帰って来ないんだったら、見舞いにか又は様子を聞きに行って見なければなるまい。彼の娘のことだから安心しては待っているのだが・・・・・・・・早く帰って来ないか待ち遠しくて壽命の削られる思いだ・・・・・・・・早く長さんといって、にっこり笑って帰ってくれりゃいいのだがナア・・・・・・・・今日あたり帰っているかもしれないぞ・・・・・・・サア・・・・・・・・早く帰ってみよう・・・・・・//

 彼は正月の用意の為に味野の方面に出掛けて行って、今、宇野の藤井の山の下あたりへ帰りながら、そう一人心でつぶやいて、前よりも足を繁く進んだ。
 日は西の和田の山にとうに隠れて、小豆島あたりから暮れてくる夜が、もう直島の空一面に襲ってきた。島を溶かしたかと思はれる黒いもやが、こちらを指してどんどんと流れてくる。手の届くように鬘島がもう黒い。薄暗くなった沖の海が、僅かな風にも寒そうに震えている。
 長兵衛が、玉から宇野へ越える山道を過ぎて、海岸へ突出している山を廻って、天狗山が真向いに望まれた時、
 海岸と畠の境である、雑草の生い茂った中から、
「長兵衛、一寸待って呉れ。」
 浜(塩田)の八藏が飛出してきた。
 アッ? 悪い者に見つかった、と思ったが、
「八藏さん、用かい。」
 おだやかに訊いた。
「長兵衛、今日は貴様に無理かも知れんが、お願いしたいことがある。」
「俺にお願い?出来ることならやりましょう。」
「實は一つ、是非訊いたり叶えたりして貰いてえものがあるんだ、が。」
 八藏は悪意をたくらんでいる様子を、そろそろとほのめかして、いやに、ニヤニヤ、と笑っている。
「訊ねたいとは?」
 長兵衛は主人のことや責任のこと、加代のことなどが気になって忙しい心であったが、相手の心を慮って落ちついて聞いた。
「おい長兵衛、塩田見張りの加代をどこへ隠しているんだ。白状しろっ。」
「えっ、加代のことぁ俺も知らねぇ。が、この前帰るといって所へ帰ったんだろうよ。」
「何っ、加代の所へ帰った?嘘をぬかせ? 貴様がいい加減なことを、していやがるんだろ。」
「そんなことぁねえ。加代のことを俺がどうすることとか出来るか。塩田の旦那に訊いて見ろ。」
 長兵衛はむっとして、はね返すように言った。
「嘘じゃなかろうナア.」
「嘘や、いつはりを言う俺じゃねぇ。」
「よ――し、そのかばちを覚えておれ。」
 八藏は、ぺっと唾を吐いて腕をぐっとまくった。
「あ、覚えている。が、今日は急ぐから帰る。」
 長兵衛が帰ろうとすると袂を掴んだ。
「まだ用事は済まねえよ。」
「もう、いい加減で放せ? 奉公している者は自由が許されんからナア。」
 振り放して駆け出そうとした。
「まて言ったら待てッ。」
 八藏は前よりも力を入れて握った。
「済まなきゃ早く言ってくれよ。」
 仕方なく立止った長兵衛。
「長兵衛、俺が今日ここで待っていたのは、貴様の大切なものを貰いたいためなんだ。」
「大切な物というと?」
「貴様大切な物が分からねえのか。バカッ・・手前が臍の緒を切ってからこの方持っているものだ。」
「何っ? 俺の命とでもいうのかッ。」
「きまりきったことさ。今分かったか。」
「命を、いいののちを・・・・・。」
 長兵衛は後にはね返る程愕然とした。
「貴様、命は惜しい心があるのかッ。」
 八藏は、人の良い長兵衛の狼狽気味を快さそうに、ニヤニヤと笑いながら見詰めている。
「俺はもう帰る。手前達と関ってはおれん。」
 長兵衛は気味悪くなって駆け出そうとした。
「長兵衛、貴様、今夜はここから帰れと思い帰って見ろ。貴様ももういい加減で観念しろ。この以前の祭の夜にだって往生したかと思や、未だ生きていやがるだナア。」
「八藏さん、俺をここから返さない気だナア。」
「帰しゃしない。」
 八藏の日焼けした赤黒い顔が、夕闇の中に恐ろしく殺気を帯びている。
 八藏と一人一人の喧嘩ならば負けりゃしないけれど、計り知れない大きな危険が身に迫っていることを感じた長兵衛は、
「放せ?」
 といって一散に宇野の方へ走り出した。

2012年6月17日日曜日

宇野情話 洲巻長兵衛(6)

第6話 縁談

加代が家に帰ると待構えていたように、母が飛び出してきた。
「加代、よく帰ったナア。サア、こちらへ上れ。お前の帰るのばかりを待っていた。」
そう言って母は上機嫌で迎えた。
「母さん、私路にくたびれましたワ。」
日の暮れない中にと急いだので、路は悪いし、彼女はそこにぐったりと、足も体も一緒に投げ出してしまった。
「お前、ゆっくり休すんでおいで。お母さんがとてもお前の悦ぶ相談があるんだから。」
奥の座敷の方から炬燵を引摺ってきながら母は言った。
「お母さん、どんないいお話なの?私、急いで帰った価値があるわ。」
加代は着物を脱いで平生着に替えながら、着て帰った方をそこらへ押やりながら、善良で嬉しそうな母の顔を見つめた。
「実はお前に早く帰って来いと傳言したのも、お母さんやお父さんの方でも突然だったのだが、この向うの庄屋の息子さんの與吉さんを知っているだろう。あの若旦那様だ。とても上男の気前の良い若様だ。あの人がお前を貰いたいと仰るので、あの庄屋の新屋を知っている平左エ門旦那が仲介人になって、もう見合もなんにもしなくていいから、成るべく早く支度して貰い受けたいとのお言葉なんだ。」
母はぞくぞくとする程喜ばしそうな瞳を、加代の顔一面に浴びせかけながら早口に言ってしまった。

彼女は炬燵に手を伸ばして、掛蒲團の襟に頬を埋めたまま、
「おかあさん、そんなことだったの?」
と云って、禄々顔をもたげようともしなかった。
これ程、掘っても捜してもない程いい玉の輿に乗る訳をしているのに、娘はうなだれてしまったりなどして、そんな気分が勝れないのかしらん、と思った母は、
「加代、お母さんが一寸話の口を言ったまでのものだが、まだまだいいことがあるだんよ。お前大そうくたびれているらしい。そのまま、ぐっすり休すんでおおきよ。夕方でもお父さんがお帰りになってから、又三人で色々お話して見ようからナア。」
彼女の心を知らない母は、気も軽々として彼女が物心ついて以来の浮々とした話具合であった。
「おかあさん、私そんなお話が聞けない程疲れてはいません。けど、そんなお話なら私直ぐこのまま宇野へ帰りますわ。」
「え? お前どんな気をして言っているのかい。これ程願い奉っても無いような縁談を聞きたくないことは、お前どうかしているのではないか。あの宇野から帰る途中の後閑あたりの海岸で狐にでもつかれたのじゃないか?」
この話を聞いて娘は悦びと幸福の未来に瞳を輝かして嬉しがるだろうと想っていたのに、しおれ切ったような姿をして、又直ぐ宇野へ帰ろうと言い出したのを見て、母はほんとに驚いてしまった。
「お母さん私あの若様のお嫁にはなりません。幼い時から私虐めつけられたり、あの若様の乱暴には・・・・・。私が宇野へ行く以前などでも恐い程私に付きまとうの。何かお道楽もひどいんだかで、お金の使いにも荒いんだって、私どんないいお家でもすっかり嫌よ。」
予期に反して驚いて眼を見張っている母の顔へ、刻みつけるような反感をもって言ってしまった。
「まあ、お前何時の間にそんな娘になってしまったのかい。勿体ない庄屋様が所望されるのを断るお前の心も知れぬわい。」
単純で少しの思慮もない人が良いといったらそのまま信じ込んでしまうような、善良な母は、娘の心が解せかねて目をしばたたきながら、娘の姿を焼けつくように見つめていた。
加代はふてぶてしげに布団の綴じ糸を前歯で噛みながら、
// 私のお嫁に行くのは長兵衛さん一人なんだ。あの人以外は死んでも行きやしないから//
そう思って面をあげようともしない。
母はやや娘の態度に失望したけれど、平凡で素直にいいと信じ込んでいることは、何の批判もなしに娘のためにも、いいことに違いないと信じ込んでいた。
「加代、お前はあまり好ましくないと思っているかもしれないが、家の様な貧乏人さえ相手にして下さるのだ。それにお庄屋様から婚礼の調度を全部調えて下さるんだよ。こんな有りがたいことがあるものか。向うのお家では、どんなにでもして、お前の体さえ貰えばそれで充分だと仰っているのだよ。」
母は本気になって彼女を口説き始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
加代は黙ったままそれを聞いていたが、母の心はいじらしいほど同情出来るけれど、嫌な結婚をどんな条件であろうともして、自分の誓い合った恋を諦めることは出来なかった。
それは出来ないことだ。長さんに対して出来ないのだ。
「お前が嫁に行くといっても、家は現今のような有り様では一枚の晴着さえもむずかしいのだからナア・・それにあのお庄屋へ行けば、家の借金も大目に見て幾割も引いてやろうと仰るのだよ。お前も余りに乗り気にならないところを見れば、何か考えがあるのだろうが、母さんの為か父さんの為をも思って見てごらん。」
母は叱るようにすかすように、色々と彼女の同意を得ようと一心である。
「おかあさん。私、家のことならどんな身替りにでもなりますけど、こればかりは出来ませんわ。」
母の切迫した面持ちを盗見るようにして言った。
「お前はお母さんの言うことに気に入らないようだが、どうしてかい。どんなことでもお前の考えを聞かせておくれ・・・。」
「おかあさんあるワ。」
「どんなことがあるのかえ。」
優しく彼女の心を探ろうと思って、母の言葉は静かであった。吾が子のことは無鉄砲なことでも聞き入れてやりたいような、そんな思い遣りのこもった言葉であった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「加代、言っておみよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼女は自分の心を打明けて母を失望の渓に落し込むには、あまり単純で慈しみ深い母であるだけ恐ろしかった。
「お前は、幼い時からお母さんにだけは嘘を言わない子だったのだよ。お前の考えを言っておくれ。お母さんは、怒りはしないから。」
母は哀願するように彼女を促した。
「お母さん。私、この月はあるものがなかったの。」
彼女は、耳の付け根あたりから、顔へ首筋へ背中へ手の先までも、真赤な熱いものが突走ったように思はれた。
「ええ? 加代ッ? ほんとかッ?」
差し向いに当たっていた炬燵から飛出して来て、娘の肩に手をかけて真偽を正そうとした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「黙っていては分からないよ。ほんとのことを言っておしまいよ。」
矢張り優しい母である。娘の言葉を聞いても少しも憎しみを浮かべようとはしなかった。
「お母さんにすみません。私、約束した人があるのよ。」
彼女は母にこれ以上気を揉ますことは、良心がゆるさなかった。
「あ、そうだったか。お前も大きくなったナア・・。」
薄暗い天井を見上げて母は、前後に迷ったように両手を?の上に揃えて溜息をついた。
外はもう暮れかけているのか障子の影が煤黒くなってきた。百舌鳥がひっきりになしに鳴いている。さっと木枯しが吹いてきたと思うと二三枚の木の葉が、障子をさらさらとかすめて、ごっそりと落葉の群れの中に混じっていった。
「加代、併し今の中ならお庄屋様の方へも、お前の体の有様を隠しても、どうにかうまく誤魔化せるよ。この月になってもまだ十五日しか経っていないんだからナ。
早いことにしよう。お前の約束もいいだろうが、それはこんないい話のない場合のことで、兎に角お母さんに委しておおき。お母さんがいいと思ったらほんとにいいんだからなあ。」
と暫くして母は言ったが、名聞と財産と地位の前には他のこと一切お構いなしの、単純で質朴な一方向の母には、どう言っていいか判らなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
黙ったままで否定の意を悟らせようとしたが、
// それ程、お母さんの好ましいお庄屋様の、向う見ずの道楽息子に嫁入りが気に入りなら、お母さん、自分でなさったらいいでしょう。私には私のいいと思った人に嫁ぐのが本当だわ。私にはそんなにお母さんが仰らなくっとも、もう長さんと言う人があるんですもの。あの人とは固く固く誓い合っているの。今ではその人の子供まで出来かかっているんですもの。
そんなことを押隠してまでも、他の人の所に縁を結うとは思いません。そんなことはいいことでやありませんもの。私はお庄屋でなくっても乞食でも構いませんわ //
そう言ってしまおうかと思ったが、それではあれほど望んで弾み切っている母に、あまりにも大きな失望を与えることだろう。
彼女はそう思って顔も上げずに、俯向いていた。
そのとき、庭先の方に下駄の音がして父が帰ってきた。
その足音を聞くと母は当惑顔でいたのがさっと立上って、小走りに歩いて行って、暫く何か言っていたが間もなく、
「よし、そう決めよう。」
と父は元気のいい躍り上がるやうな口調で言ったと思うと、又下駄の音を前よりも高く響かせて出て行った。
もう外は暮れて暗いのだろう。遠くの塩田から夕潮を汲み出す水車の音がギイギイと聞えてきた。
×××× ×××××× ××××