2009年3月26日木曜日

サッキータイム ~引地れい子 布展~

3月21日(土)

引地れい子という名前をWEBで検索しても、サンコアで開かれている、彼女の展覧会を紹介する記事しか載っていない。熊本市花園町のお店で、木綿を織って、草木で染めて、布地を作っておられるらしい。熊本の方がわざわざ遠くの岡山県玉野市のギャラリーサンコアでの個展、どういう関係か?
サンコアは、去年3月30日と9月16日のこのBLOGでも紹介した小さなギャラリーだが、上品でこざっぱりとした空間、オーナーの飾らない人柄と作品紹介の巧みさで、アーティストからも人気のギャラリーである。アーティストからアーティストへ、人の連なりは距離をも感じさせない魅力で、惹きつける何かがあるのだろう。
それにしてもこの木綿、何と素晴らしい出来栄えであることか。私も1枚、購入させていただいた。
「サッキーも熊本出身だよ」というと、オーナーの大前都さん、びっくりしていた。
今年10月、小学校の同窓会で熊本に里帰りする予定なので、時間があれば引地さんを訪ねてみることにしたい。

アート工房るんるん島ではこの日、堀口華江さんが今年最後の指導に来られていた。今年まだ始まったばかりなのに最後とは?
秀桜基金留学賞に合格、1年間欧州などを中心に300万円の賞金で留学することになったとのこと。誠におめでとうございます。そこで、記念写真を撮らせていただいた。中央の綺麗な方が堀口華江さん。両サイドはお弟子さん。
彼女のことは、大江さやかさんとともに、去年6月30日のBLOGに詳しく紹介している。堀口さん、元気に行ってらっしゃい。良いものを一杯学んできてください。


サッキータイム ~大前啓治さん~

3月14日(土)

今年3回目の企画検討会に、大前啓治さんが初めて参加してくれた。
今年のフェスタでは、「宇野・築港まちづくり講座」を立ち上げることにしているが、その発起人の一人として名乗りを上げることに同意していただいた。講座の纏め役或いは講師としての人選を教育委員会にお願いしたところ、奇しくも大前啓治さんが紹介された。
本職は、大前廻漕店の大旦那であるが、玉野市観光ボランティアガイドの会(下記URL参照)の会長、パソコン教室「土曜塾」の塾長など、80歳を超える今も生気溌剌、人づくりまちづくりに活躍されている。
http://tutuji-tamano.blogspot.com/
何事にも、積極的に興味を持つことが元気の秘訣と言われている。
彼は、県から玉野市でただ一人「地域情報リポーター」に選ばれた方である。岡山県内の各市町村に在住され、独自性のある地域の情報をタイムリーに届けてくれる方々が地域情報リポーターで、県内に29名が登録されている。今年は、大前さんに宇野の歴史と文化をしっかり学ぶこととしたい。

この日、多賀屋狂言会の事務局をされている広坂さんから、創作狂言「武佐衛門」の脚本案が示された。愈々創作狂言も現実味を帯びてきつつある。芸フェス2009の日程も9月25日と11月1日の2回に分けて開催する方向が固まってきた。福武財団からは、3ヶ年連続の助成通知が届けられたし、今年も忙しく楽しみな日々が過ごせそうな予感がする。

2009年3月18日水曜日

サッキータイム ~玉野市文化会館「バウハウス」~

3月9日(月)

玉野市文化会館「バウハウス」は、宇野港銀座の中央に建つ中国銀行宇野支店だった建物の内装を改造して、ギャラリーなどの文化芸術拠点として10年ほど前から活用されている施設である。
3年前から玉野市文化協会が指定管理者として管理運営を委託されていたが、この度の改選で21~23年度の3年間、我がスマイルネット玉情協が指定管理者として運営の任に当たることとなった。
折角指定管理を担うことになったからには、この場所から玉野の新たな文化芸術を発信することにしたい。先ずは、4月2日(木)~5日(日)の4日間、企画展「玉野で活動する作家たち」を開催する。今後、何回かこの企画展を継続することにしたいと思うが、玉野の芸術文化のレベルアップと宇野港界隈の賑わい創出にいくばくかの貢献ができれば幸いである。
4月4日(土)11時からは、企画展の集いも行うこととしており、芸術談義に花を咲かせたいものだ。
写真は、上から芸フェス2005の折り、バウハウス玄関に立てたフェスタの幟旗(小さな青色の幟)、1階大ホールで開催した玉野少年少女合唱団の「天使の歌声」コンサート、3枚目は2005年5月の港フェスティバルのときに開催したアートマーケット風景。最下段の写真は、3月9日、三井造船から頂いた梱包材で、バウハウスの展示用仕切り壁に使うこととしている木材である。様子を窺っているのは、バウハウスの館長代理を任命された北野静樹氏。因みに、4月1日からの新館長には、不肖サッキーが承ることになっている。当然のことながら非常勤だが、普段は居なくてもキチンと運営できる、そんな館長を目指してやってゆきたい。

2009年3月11日水曜日

サッキータイム ~TNプロジェクト小宴会&関東ゴルフ~

3月1日(日)~2日(月)

新津車両新造プロジェクトの当時の、三井造船内での組織名をTNプロジェクト室と称していた。
その最初の取っ掛かりを作ったのが、加工工場を担当した江本氏(写真上)と構体工場を担当した大岡氏(写真2番目)である。平成2年、JR東日本と東急車輛の担当者を含めた数名のタスクフォースによって、車両新造事業の採算性に関するフィージビリティスタディが行われた。結果、採算可能性ありとの答申が出された。つまり、新津車両製作所が今あるのは、その時のレポートがあるからであり、その意味ではJR東日本の技術の総本山とも言うべき工場の設立にとって、この二人は極めて貢献度の高い成果を残したのである。
平成3年8月、新造工場建設を始めるという前提で基本設計に集まったのが、上記二人の他建築担当をした吉田氏(写真3番目)、艤装部品工場を担当したサッキー(写真4番目)である。その他のメンバーは、艤装・塗装工場担当のTa氏、台車工場のMa氏、検査&その他工場担当のYas氏、用役設備担当のKa氏、現地工事担当のHa氏、システム担当のWa&Yam氏、そして総括監督としてのプロジェクトマネージャーYo氏で、合計12名が築地のMES本社に集結した。
大部分は現役を引退したが、全員健在で、第2、第3の職場で活動を続けている。中でもプロジェクトのボスだったYo氏は、ISO9001の現役主席審査員として、70歳を越える今尚世界を飛び回り、多くの企業の品質管理を指導し感謝されている。この日集まったメンバーも夫々に頑張っている。江本氏はJICAの仕事を請け負い、3月18日からミャンマー(旧称ビルマ)のプロジェクトで現地に赴くことになったとか。大岡氏は東京にある環境浄化事業所長として頑張っており、吉田氏も現地工事の安全管理を担当しているという。夫々に現役時代に培った技術・経験を生かした職場で頑張っている。さすが選りすぐられたメンバー達である。
翌日2日は、関東千葉県にあるセントレジャーゴルフクラブ千葉で鋭気を養った。600ヤードを超す長いコースと狭くて早いコーライグリーンに泣かされたが、気心の知れた仲間とのプレイに大満足だった。おまけに食事&1ドリンク付きで7,200円とは、圧倒的にお得である。今後も、サッキーが岡山から東京経由で名古屋に行くようにすれば、このメンバーでのゴルフが楽しめるではないかという提案が出された。名古屋の勤務が続く限り、年に2回ずつぐらいこのメンバーでのゴルフを楽しむことができれば、人生まだまだ充実できる。

2009年3月9日月曜日

サッキータイム ~三井記念美術館~ 東京にて

2月28日(土)

WAVE発表会の後、東京は浜松町にある弥生会館に泊まった。このホテルはJRの子会社が運営しており、平成3年新津車両新造プロジェクトの発足記念懇親会、平成11年同じプロジェクトの集まりである「有楽町会」(有楽町交通会館で同じプロジェクトを共有した3社の仲間による懇親会)の会場ともなった。サッキー自身にとっても思い出深いホテルである。最上階の12階からは、浜離宮が一望に望める。三井造船ビルもここから良く見える。
折角の東京泊となったので、4年前にオープンした三井記念美術館を見学してきた。日本橋の三越本店の隣にある三井本館7階にある。三越では、「土門拳の昭和」という写真展が開かれていた。
美術館では、「三井家のおひなさま」と「明治・大正・昭和のきもの」が展示されていた。さすが日本一の財閥と思わせる立派な展示である。三井高利から始まり、約350年間に集めた美術品は約3700点にも及ぶという。その内容を、言葉で表現することは難しい。ともかくは、下記URLからその一端を覗いてもらえたらと思う。
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition_01.html

写真は上から、弥生会館12階レストランから望む浜離宮と周辺のビル群、右から2つ目の背の低いビルが三井造船ビルで、建替えのため現在中は空っぽになっている。このビルできた当時は、界隈で最も大きなビルの一つだったが、今は周りがでかすぎてちっちゃいビルとなっている。左の高いビルは、巨大複合都市「汐留シオサイト」のビル群である。2番目の写真は、日本橋三越デパート本店の玄関前、3番目の写真が三井本館で、ヨーロッパ風の重厚な外観となっている。下段の写真は1階ロビーの三井記念美術館入口である。美術館の内部は、残念ながら撮影禁止であった。

2009年3月8日日曜日

サッキータイム ~WAVE港・海辺活動振興助成報告会

2月27日(金)

WAVEとは、財団法人港湾空間高度化環境研究センターの略称で、国土交通省の外郭団体である。2008年度、NPO法人スマイルネット玉情協(略してSNTJK)が取り組んだ「タマノクルーズ~たまの東海道~」は、このWAVEから助成を頂くことによって活動することができた。
この日、東京港区海岸にあるバーク芝浦の会議室2つを使って、助成を受けた全国37団体が活動成果発表を行った。地域的には、北は北海道から南の鹿児島まで、多くの地域で海辺の活動が行われている。中でも神奈川県は、9団体もが発表し非常に活発である。岡山県からは、3団体で神奈川に次ぐ第2位だった。笠岡のカブトガニを守る会と玉野の連絡船愛好會、そして我がSNTJKである。
連絡船愛好會の三村会長は、宇高連絡船の廃止1年後に本格的な資料保存活動を始めたそうだ。今年度(2008年度)は、主として高松での活動をやってきたことの報告だった。孤軍奮闘よく頑張っている。今年の芸フェスでも一度宇高連絡船についてレクチャーしてもらいたいと思う。鳥取から、NPO法人鳥取・賀露みなとオアシスの岸理事長が今年も来られ、活発な活動成果を報告されていた。
発表は、大きく海辺の環境と港まちづくりの二つの会場に分かれて行われ、我がSNTJKは、港まちづくり会場で5番目に発表した。事業の狙いと成果、フィールドワークによるクルーズルート設定、宇野港・大藪港・山田港の紹介、山田・東児地区の紹介、クルーズ写真、アンケート結果、クルーズの採算性と今後の継続可能性などを紹介、皆さんに良い成果が得られたことのアピールは出来たと思う。
写真は上から、発表会場、宇高連絡船の発表資料一部、賀露みなとオアシスの発表資料一部、タマノクルーズの最後に写した宇野港桟橋上での記念写真。

2009年3月4日水曜日

サッキータイム ~私のプロジェクトⅩ-8~

第8(最終)回 「こぶし会」 ~新潟の温泉宿で、先日は千葉で

新津車両製作所の建設に携わった三井造船とその協力会社の面々総勢60名は、建設完了を前にした平成9年11月1日、新潟県東蒲原郡にある新三川温泉YOU&湯ホテル三川で第1回「こぶし会」を盛大に開催した。
「こ ぶし」は、三井造船が新津車両製作所の創業のときに植えた記念樹で、コブシ(辛夷)は3~4月ごろに白い花をつける庭木である。千昌夫の「北国の春」にも 出てくるが、厳しい北国での新津プロジェクトの完成と新潟でのメンバー達との楽しかった日々を思い起こすための名称として、「こぶし会」と命名したのだっ た。操業開始の平成6年には多くのプロジェクト参加者が新津から離れていたが、プロジェクトの最終的段階を前に、久方ぶりに多くのプロジェクト参加者を集 めて開催することができた。
その後、平成12年11月10日、1,000両達成を記念して第2回こぶし会を新潟県安田町にある新咲花温泉ホテルさきはなで開催、52名が参加した。平成16年には第3回こぶし会を五泉市咲花温泉佐取館で、新津車両製作所創業10周年記念懇親会との共催で開 催した。ここには、JR58名、三井造船31名、東急車輛8名の計97名が参加、プロジェクトに参加した多くのメンバーが一同に会し、旧交を暖めることができた。
こぶし会は、玉野においてその分科会(玉野こぶし会)を何回か開催してきた。集 まった皆が最後に肩を組み合って歌う歌が、“シラカバ~あおぞ~ら み~な~みか~ぜ コブシ咲く あの丘北国の ア~北国の~は~る~”である。

3月1日
つ い先日のこと、このプロジェクトで主要な役割を演じた、加工工場担当の江本氏(写真左)、構体工場担当の大岡氏(写真右)、建設担当の吉田氏(写真右から 2人目)、そしてサッキー(エンジニアリングコーディネータ)の4人が久しぶりに千葉の料亭に集まり、小宴会を行った。全員第一線を離れたものの、夫々に 夫々の立場で活躍を続けているのを確認することができ、大いに楽しむことができた。
平成21年には操業開始15周年を迎える。できればその時、第4回こぶし会を開けたらと思う。
アッ!思い出した。平成21年は今年だ。こりゃームリかな?5年後20周年記念だな。平成26年、必ず第4回こぶし会が開けるようにしよう!!