第2話 祭の夜
「おい皆聞け!!」
若連中の頭、八藏は盃を左手にして立ち上がった。
車座になって酒を呑んでいた若連中は、半ば酩酊した眼をどろんとさせて八藏に注目した。
「おい皆の者!!」
今日この楽しみに、こうしたことを言うのもあながち無用なことじゃなかろう。それが外のことでもねえ。ここに座っている長兵衛のことなんだ!!
こやつが俺達の宇野へ来やがってから四年になる。よそから来た分才もわきまえやがらず、おのれの色男を鼻にかけやがって、この周りの娘を引っ掛けて回りやあがる、不都合も甚だしい、こやつが宇野へ来やがってからは、どこの娘の家へ遊びに行ったって、二口目にゃ長兵衛の話さ。俺達には肘鉄砲が積の山さ。
えーッ、こんな馬鹿らしいことがあるかっ。
よそから来た奴にこの宇野若者の上手を走られてじっとよだれをたらして見ておれるかいっ。
「皆の者、どう思うかっ。」
彼の塩田で日焼けした顔が、酒の酔でほのかな暗燈の灯りにも赤銅色に光って見えた。その言い終ったと思うと盃を右手に持ちかえてぐっと一息に干して、傍に座っている長兵衛目がけて投げつけた。
盃は彼の額をかすめてその後の格子戸の敷居に当たって、パツッと破れて散った。
「今度は俺の言う番だっ!!」
骨格の逞しい吾一が立ち上がった。
「おいッ、今八藏が言ったが実に長兵衛はけしからん。つい先日のこと俺の婆さんの生命が明朝まで持てめえかもしれぬというので、この向うの畑村へ行って帰りの時、丁度子の刻だったよ。それあの中ん所の川の堤を帰っていると、先の方に二つの影がボンヤリと立っているので悟られないようにこっそりと近づくと、ナンダア、長兵衛とお加代じゃないか。見ている俺が恥ずかしい始末、月のあかりで近寄って見ると手に取るように何もかも見える。平生、おとなしそうな面しやがってあのざまだー。」
吾一はホロ酔の快さで、思うことを喋ってしまった。手を振り足をあげ、着物の裾をパッと端折って威圧的に長兵衛を見下ろしていたが、ポンと足で長兵衛の肩のあたりを蹴った。
よろよろと後に倒れかかった長兵衛。
「おい吾一さん、あまり乱暴じゃないか。」
四面楚歌の中にいる長兵衛は、全身の憤怒をこめた眼で睨みつけた。
「何が乱暴だ。貴様こそ俺たち宇野の若者の風上にも置けねえ奴さ。この間、夜の夜中、草叢の中でお加代と二人ごそごそとやっていたざまは何だ。こん畜生めー。」
二度目の足蹴が脇腹へ飛んで来た。
「吾一っさん、俺がおとなしいかと思ってあんまりだナァー。」
「何ッ、文句があるのかッ。文句がありゃ聞こう。」
吾一は徳利を傾けながら、商人風の意気な長兵衛をぐいと睨みつけた。
暗燈の灯の中に酒の臭いと怒気と緊張と、管を巻く声が騒々しい。
この村の慣しとして輿を担いだ若連中が、八幡様の本殿の前のたまりで夜どおし酒を飲んで楽しむのであった。一年中に一度のお祭りに、こうした若連者の集いは最も愉快なものであった。二十人程の若連中の一人として長兵衛も交っているのであった。
「おい吾一、少し待て。こん度は俺が言ってやろう。」
舟乗り家業の甚助が吾一を制しながら立ち上った。
酒が大分回っているらしい。足下がふらふらとして覚束ない。
「おい長兵衛、俺ゃ舟乗りだが貴様がいるために俺ゃ大きな損のし通しだ。今あすこの塩田の見張りの旦那の中に奉公に来ているお加代かって、俺に一度もいい顔をしたこたあねぇ。児島小町だなんでいわれるお加代の機嫌のいい面も一度は見てえもんだ。―――――
それというのも貴様の居やがるせいなんだ。貴様さえいなきゃ、この宇野の若連中の思いのままになるじゃねえか―――――。おい長兵衛、どうだ。」
彼はポイと尻をはぐって、薄汚れた褌の尻を俯いている長兵衛の頭の上に乗せかけた。
「おい、そこらの若えの、一杯注いでくれ。」
そこにあいた盃を取り上げて、甚助は皆の方に差しだした。
―――オーイ甚助面白いぞ―――やれやれ―――長兵衛の頭を腰掛だ―――。いい気味だ―――ええぞええぞ―――そら注いでやろう。―――
ぐるりと丸く座になっている連中が、わあっと面白がった。気味よさそうに。
「おい甚助さん、貴様は精根があるのか、ねえのか?俺を余り馬鹿にするねえ。」
長兵衛は彼の体をうんと前にのめらして立ちあがった。
足の定まってない甚助、八藏の座っているあたりへ、タタタタとよろけて、どしんと尻餅をついた。
「長兵衛、承知しねえぞ!!」
八藏はすっと立ち上って長兵衛の前に立ちふさがった。
「いや俺はもう帰る。ここへ来たのが間違いだった。」
「何、帰る・・・・・? 帰らすものか・・・・・。」
長兵衛は急いで飛び出して帰ろうとした。
「帰らしゃしないぞ!! 畜生!!」
座っていた連中が全部立ち上って、長兵衛を取り囲んだ。
長兵衛は隙をねらって逃げようとした。
「こりゃ逃がすものか。」
彼の後から誰かがはがい締めにした。その手の力の強いこと。
「打て打て、やってしまえ。」
誰かが命令すると、振り払って逃れようとした長兵衛の頭といわず腰といわず、拳骨と足蹴の雨が降って来た。
「乱暴するなー。」
彼は一心に叫んで頭をじっと両腕で抱いた。もう何も言いたくない。全身をいっぱい憤りがぐんぐんと走る。
半ば酔い、半ば理性を奪われている彼等には、興に乗って面白いがままに長兵衛を打ちつけた。
拳骨ではない棒でもない。徳利のような重たい瀬戸物のようなものが、彼の後頭部にかあんと落ちかかってくるのを感じると、鈍い痛みが脳から体全身にびりびりと響いていって、前後も分からずべったりとそこに打ち倒れた。
暗燈の灯影はたちまわる人々の姿を、影絵のように黒く浮かせていた。
八幡様へ参る氏子の人もない。昼の間に参っているのであろう。
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