4月6日(月)
この日は、古い資料の分類方法について議論、事務局原案が了承された。実際の分類作業は、5月からスタートすることとなった。
サッキーの出した意見だが、記念館として作るのであれば、最終形をイメージした上で分類方法を決めるべきだろうと言うことから、先ずは幾つか既存の記念館や博物館を見学して参考にすることとした。そこで、今月中に近場の旧野崎邸を見学することとなった。
この日示されたお宝も珍しいものだった。
(その1)大正6年10月23日、三井物産船舶部の川村部長が社長に提出した造船所建設の建議書(コピー)。この年11月14日には、宇野の川村造船所が創業しているのだから、建議書は既に工場が出来上がった頃に提出されたものだ。今の稟議書提出時期と似たようなところある?
(その2)昭和21年、財閥の造船所で戦時中軍艦を造っていた造船所を撤去するというGHQの方針に対して、従業員と玉野市民が一体となって存続運動を起こした。その時集めた12,000名の「玉野造船所存続の嘆願署名簿」(実物)が、残されていた。昭和62年、保存されていたアメリカから返されたものだそうだ。正に歴史の証明書である。メンバーの一人が、自分の親の署名を発見して感激していた。珍しいことがあるものだ。
分類作業が始まったら、これまた大変な作業になると思うが、お宝の発見があるかもしれないと思うと楽しみでもある。
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