2009年8月12日水曜日

サッキータイム ~宇多津、坂出、児島 塩業歴史見学~

7月25日(土)

創作狂言「武左衛門」を演じ楽しむ会では、入浜式塩田の作業風景や使っていた作業用道具を見学するために、うたづ海ホタル(宇多津町産業資料館)~坂出塩業資料館~野崎家旧宅・野崎家塩業歴史館・迨暇堂を見学した。何れも入浜式塩田での塩作りが盛んだった頃の資料や道具が展示してあり、厳しく辛い作業の様子を知ることができた。塩の混ざった砂からどうやって塩を取り出すのか不思議に思っていたが、今回の見学でやっと謎が解けた。
うたづでは、雨が降っていたため実作業を見ることは出来なかったが、担当の方から塩づくりの実際を詳しく説明してくれた。うたづ海ホタルは、前の週7月18日にリニューアルオープンしたばかりで、非常にきれいに整備されていた。
昼に寄った讃岐うどんの店「うぶしな」は、宇夫階(ウブシナ)神社の境内にある、隠れ家的でご利益のありそうなうどん店であった。「肉ごぼうぶっかけ」が通にはたまらないメニューとか。M会頭が食していたあれだ。
坂出はうたづのすぐ隣の市で、広大な塩田跡地は川崎造船等の工業地帯となっている。坂出塩田は、久米栄左衛門通賢という人が入浜式塩田を完成させたそうで、全国一の生産量を誇ったという。地味な資料館だが、よく整備されていた。
途中、与島に寄って休憩の後、児島の野崎家旧宅を訪れた。与島は、瀬戸大橋の中で唯一一般の人が立ち寄ることのできる島で、休憩所が整備されている。写真に写っている丸い物は、吊橋をぶら下げる直径1Mのワイヤの実物模型である。
野崎家旧宅は、国の重要文化財で県の史跡となっている。別邸の迨暇堂は、野崎家3代目の武吉郎が建てた接待用の建物である。100畳敷きの大広間では、2~3月に行なわれるひな祭りのイベントとして使われるという。我が創作狂言もここで演じてもらえないかというオファーが舞い込んでいるのだ。
野崎家塩業歴史館では、優れた美術品が数多く展示されていた。6月2日~8月2日まで開催中だった所蔵品展覧会に遭遇し、明治期の金工家/正阿弥勝義の精巧な香炉等が展示されていた。
生憎の天候ではあったが、午前9時から夕方5時まで、十分満足できる見学旅行だった。

2009年8月3日月曜日

サッキータイム ~玉野へ帰って~

8月3日(日)

7月18日(土)、名古屋の金山から玉野の我が家に帰って早半月、いきなりイベントの準備と実施、芸フェス実行委員会準備のための資料作り等、かなりの多忙さにBLOGを書く暇さえない状態だった。
今日8月3日17時半から、芸フェス2009の実行委員会だ。やっと資料もでき発表のPPTも作ったので、午前中ちょっとだけ時間ができた。この半月の動きや行事等を一気に紹介しよう。

7月18日(日)「お帰りな祭(サイ)」
サッキーが玉野に帰ったというので、翌日のバウハウスイベント「DRAGON HALL de ナイト」の準備終了後、若手アーティストたちが「準備完了OK会兼お帰りな祭歓迎会」を開いてくれた。参加者7名。7月19日(日)DRAGON HALL de ナイト
毎年、宇野港商店街では、海の日イベントとして「築港夜市」が開かれる。普段は閑散としたシャッター通り商店街だが、この日だけは1年分の客の数くらい賑やかな夜市となる。今年は特に来客数も多かったみたいだ。
さてそこで、我がバウハウスはどうか。昨年までは別の団体が指定管理者だったため、特段のイベントはなく、トイレとして使われるだけの存在だった。今年は、バウハウスの指定管理者となったSNTJKとしては、商店街に呼応して何かをしたいと1月以上も前から想を練って考えついたのが、映像を使って深海の竜宮城をイメージした空間(会館=海間?)を作ることとした。題して「DRAGON HALL de ナイト」
玉野では、どんなイベントも入場無料が常識となっているが、敢えて入場料100円を設定し市民の反応を見ることとした。入場者は約100人。手頃な人数だったと思う。多過ぎても竜宮城のイメージが壊れるし、少なかったら「やっても意味ネー」てなことにもなりかねない。数人の客に感想を聞いてみたが、「いいんじゃない」との評価。兎も角初の試みは成功だったと言えようか。飲物とサラダを準備したのだが、少し多すぎたのが唯一反省点だろう。
外では、かっからかの玉野踊り、輪くぐり、屋台、ライブの舞台など大勢の客でごった返していた。我が家のファミリーも孫を連れて見に来ていた。最後は、余ったサラダで打上げパーティ。

以下、後日紹介。
7月25日(土)うたづ海ホタルほか見学
7月26日(日)狂言講座&宇野・築港まちづくり講座「宇高連絡船」
7月29日(水)御前八幡宮の輪くぐり
7月31日(金)田賀屋狂言会「島田洋海独立記念狂言」の見学
8月2日(日)宇野現代美術展鑑賞