2011年3月28日月曜日

サッキータイム ~「玉野みなと芸術フェスタ2010」活動報告~

3月28日

3月末は、行政機関や多くの企業で会計上の年度末である。
芸術フェスタも、活動自体は1月から2011年の活動を行っているが、会計上の年度は4月初めから翌年の3月末までとなっている。ということで、我が芸術フェスタに助成をしてくれた福武教育文化振興財団への報告書を纏め、本日提出することにしている。1年間の活動をコンパクトに纏めたものとなっているので、このBLOGでその内容を紹介する。


【目 的】
この活動は、Communication(交流と共感:地域住民と観光客・来訪者との語らいの場)、Common(文化の共有:地域住民等との文化・芸術に関する共通の話題作り)、Comfortable(寛ぎと楽しみ:そのための時間と空間の提供)という、3つのCom.を確立することを目的として活動する。
その手段として、アート作品又はアーティストの文化的側面からの提案などを積極的に取り入れ、歴史や文化をベースにした新しい芸術活動を玉野みなと芸術フェスタからスタートさせる。
この目的と手段に基づく活動を継続することによって、地域住民が、自分達の地域に対する新しい価値の発見、観光資源の発掘、住民同志や観光客との交流等を享受することが可能となる。経済的な側面からではなく、「文化的側面から地域にパワーを生み出すこと」を基本理念として活動する。

【経 過】
・ 芸術フェスタ2010の基本方針として、参加アーティストによる商店街アート展、開港80年を迎えた宇野港をテーマとしたアートイベント、瀬戸内国際芸術祭で宇野港を訪れる観光客とのコミュニケーションの場作り、新作狂言の宇野地区での開催、山田地区アート展の開催等を決定。(2~4月)
・ 昨年度立ち上げた「宇野・築港まちづくり講座」では、瀬戸内国際芸術祭で宇野港を訪れた観光客等に宇野港アートを広報するために「宇野港アート・イベントマップ」の作成に注力。(4~9月)
・ 玉野みなと芸術フェスタ2010実行委員会(8月30日)、山田・東児地区説明会(9月18日)
・ 宇野港域に人々の視線を集中させるために、長期的なアート作品を設置した。最初の作品として「Migratory bird→LIFE」を商店街に設置、「軒先計画」として進めることとした。(9月4日~10月末)
初日に出展者によるアーティストトーク及び芸術フェスタ記録展を行い、フェスタの意義を再確認した。
写真は、2003~2010年度までの芸術フェスタ記録展の模様である。


・ 宇野地区でのアートイベントとして、Spinnin Ronin Japanによる「中国武術ワークショップ」および「マーシャルアーツダンス・パフォーマンス」を開催した。(9月25~26日)
写真は、スピニンローニンジャパンの初の地方公演として、玉野市総合文化センターで開催された舞台の一コマである。彼らのダイナミックなダンスパフォーマンスに観衆は酔いしれた。

・ 70人の参加者が作る70枚の小旗を繋げできる70㎡の巨大な旗を巨大空間に掲揚する、「しあわせを招く旗」プロジェクトを開催した。(10月9~17日)
写真は、バウハウスの天井に掲揚された巨大な招き猫の旗と、その旗の下で行われたしあわせライブの模様。ほんわかした幸せなときを過ごすことができた。
・ 山田・東児地区でのアートイベント「たまの東街道2010」(11月6~7日、11月14日)及び学びと遊びをテーマとした「タマノクルーズ2010」(11月7日)を開催した。

・ 芸術フェスタ2010最後のアートイベントとして「たまので 狂言を楽しむ!Vol.3」を宇野中学校武道場で開催した。(11月28日)
写真は、11月14日に東野﨑会館で公演した新作狂言「野﨑武左衛門」の模様である。

【成 果】
・ 宇野・築港地区では、昨年のような短期イベントではなく、長期スパンでのアート展開を考え、「軒先計画」としてアート作品“Migratory bird→LIFE”を商店街や住居の軒先に展示した。作品を鑑賞する期間に期限を設けず、生活のリズムと同調させることで、作品と触れあう機会を増やすこととした。今回の作品は鳥の形状をしたオブジェで、今後も展示を継続的に増やし、宇野港域での3つのCom.作りの一助となることを願っている。
・ 芸術フェスタとして初の試みだった東京・関西在住のプロのアーティストを招聘してのダンスパフォーマンス公演は、玉野と東京夫々のアーティストが築いてきた人の繋がり・連携によって開催することができた。芸術フェスタは今後もイベントを開催するだけでなく、作家同士のコミュニケーションや連携による新たな芸術表現を積極的に取り入れることとしたい。
・ 「しあわせを招く旗」プロジェクトでは、旗作りワークショップ参加者70名が1㎡の小旗70枚を繋ぎ合わせ、招き猫の絵柄となるサイズ70㎡の巨大な旗を掲揚した。期間中、しあわせを招く旗の下「しあわせライブ」を開催、地区住民の方たちと幸せな時間を共有することができた。
・ 山田・東児地区で開催した「たまの東街道2010」では、塩の道散策ルートに特化して味野専売支局から塩竈神社に至るルートに遺る遺構などを説明した看板を立て、当地区の歴史の重みを感じてもらうことができた。「弦楽四重奏を聴く夕べ」等憩いの刻も楽しめた。
・ 昨年創った新作狂言「野﨑武左衛門」を、今年は宇野地区で開催し、多くの玉野市民に狂言の面白さを共有してもらうことができた。
・ 総括:宇野港域に約700名、東街道域に約400名の集客があり、各イベントに感銘を受けた観客がアートの良さを実感してくれていた。

山陽新聞でも、芸術フェスタは大きく採り上げられた。写真は、9月5日に掲載された同新聞玉野圏版記事である。
【今後の課題と問題点】
・ 今年は、宇野港域で活動するアーティストたちが、直島を中心とした瀬戸内国際芸術祭開催を意識して数多くの展覧会を開催、多忙を極めた。又、屋外での長期展示を必要とするまちなかアート展の作品制作には品質保持(耐候性)の点で制約が多く、展示作家の選任に思わぬ時間を要した。
・ 広報活動は、今年は比較的適切な対応が出来たと思っているが、一部タイミング的或いは広報手段として無駄な対応があった。より適時的確な手段の選択が必要である。又、最も有効な広報手段・口コミを広げるには、芸術フェスタの質的レベルを向上させ、評価をさらに高めることが求められる。

2011年3月19日土曜日

サッキータイム ~大震災に思う~

3月19日(土)

先週金曜日(3/11)、東北関東地方を襲った未曾有の大震災から9日目を迎えた。今回の大震災をこのブログでどのように採り上げたらいいのか、文字としてどのように表現したらいいのか、言葉を失うとは正にこのことであり、昨日も書きかけたが、途中まで書いて後が続かなかった。

今日の報道では、確認された死者が7,200人を超えたそうだし、行方不明者も1万とか2万とか言われている。地震に続いて起こった津波の恐ろしさは、想像を絶する。気仙沼では、津波の後さらに大火災が発生し、町全体の壊滅に追い討ちを掛けていた。
そんな中、今朝になって一人の若者が救出されたという報道があった。どのように生き延びたのか、僅かな希望に灯をともす喜ばしいニュースであった。

福島では、原発の放射能漏れが危惧される冷却水供給不能の事態が生じた。想定を超えた巨大な地震と津波が、この事態の原因であることは論を待たないことであるが、ここまでに至る前にやるべきことがあったのではないかと思うのはサッキーだけではあるまい。今、現場の担当者はその解決(燃料棒の冷却)に命を掛けて取り組んでいる。ポンプを回すための電力の回復を、一刻も早く願いたいものだ。

サッキーは、4月13~14日に新潟訪問の計画を持っていたが、この震災で中止することとなった。残念なことではあるが致し方ない。新潟は、サッキーが平成5年~10年までの5年間、JR東日本の新津車両製作所建設という、我が人生最大のプロジェクトを手掛けた所であり、この度久し振りに建設部隊OBで組織するこぶし会の小型版「プチこぶし会」を開催しようとしていた矢先であった。

訪問に絡んで新潟及び関東地区の方から、又、千葉の友人から幾つかのメールを頂戴したので、その一部を紹介する。

幸いにも、当方は今回の地震の被害は0でしたが、東電、福島原発の事故の影響を憂慮しています。
3月15日と17日にゴルフの予定でしたが、すべてキャンセルとなりました。ゴルフどころじゃないというのが千葉市原の現状です。(市原市Eさん)

福島の原発については、大変に心配ですね!東電の危機管理の甘さと事故後の対応処置については、憤りを感じています。(千葉市Yさん)

12日の朝は長野北部地震で、中越方面へ点検、異常なしでした。この度の災害で、材料手配、燃料、運送などに影響が少しずつ出てきました。ま、なんとかやりくりするしかありません。
長い冬が終盤になり、やっと雪が消えたかと思ったら今度の災害です。桜咲く下の花むしろで、安堵の一杯を頂く日をひたすら待っています。ご苦労さまですが、それまで健康に留意されましたうえ、再会をお待ちしております。(新潟市Kさん)

事情が事情ですから、残念ですが止むを得ませんね。色々お手数をお掛けしましたが、又の機会を楽しみにしています。我が家は、棚が一部倒れたり、棚の上のものが落ちたりはしましたが、断水もガス洩れも無く、軽微ですんでいます。(千葉市Tさん)

プチこぶし会の中止、残念ですが仕方ありませんでした。佐取館の予約は本日(3/16)キャンセルしました。3年後の20周年は、盛大に開催できることを期待しています。(我孫子市Wさん)

残念ですね。又何か機会ができるといいですね。この災害で益々景気が落ち込まなければいいですが、とにかく前向きに行きたいと思います。(東京都Nさん)

今回の地震で新津は被害が発生していません。しかし、JR東では東北を中心に莫大な被害が発生しました。仙台支社においては2000人の社員の安否が未だ不明です。又、製作所に部品を供給している会社も被害があり、こちらも何時まで操業を続けることができるか不透明な状況です。
今回は地震により、皆様にお会いできなくなりましたが、こちらは全員無事ですので皆様にお伝え下さい。次回、落ち着いた頃に再開できるよう宜しくお願いいたします。(新潟市Hさん)

プチコブシ会が中止されて非常に残念に思いますが、諸般の事情を考えますと、余り大げさな行事はこの際出来ないことは十分理解できます。了解しました。幹事役お疲れ様でした。又、近い将来コブシ会が開催されることを楽しみにしております。(玉野市Yさん)

お蔭様で被害は軽微で済んでいます。ただ被災地には、学生時代の友人やその家族が多くおり、中には安否不明の人もあり心配しているところですし、こちらでも暫くは不便な生活が続くがと思います。しかしながら、直接被災をされた方々に比べれば微々たるものです。
原発の事故がどのようになっていくのか気がかりですし、この国難ともいうべき事態をを克服し復興に繋げていくには、多大の時間と努力が必要になろうかと思います。邪魔にならないようにしつつ、微力ながら協力もしていかなければと思っているところです。(八千代市Mさん)

おかげさまで被害は全くありませんでした。近隣のガソリンスタンドは全て閉鎖し給油が出来ない状態です。製油所からの納入がスムーズにいってないようです。ということで外出は極力控えています。その他スーパーで品薄になったり、計画停電などのほかは変わりありません。(市原市Tさん)

以下、サッキー自身からのお見舞いメールを二つと、市内の芸フェス仲間へのメールを紹介する。

(新潟市Hさんへ)
東北・関東方面で未曾有の大震災が発生し、数多くの方が犠牲となる痛ましい災害となりました。犠牲となられた方々には、心からご冥福をお祈りしたいと存じます。御社も相当の被害を蒙られ大変なことと推察致します。心からお見舞い申し上げます。
さて、この非常事態でございますし関東方面の交通事情も窮めて厳しい状況とのことでございます。又、旧友会による新潟造船見学会の中止、必然的に御社新津車両製作所見学会の中止の連絡がありました。従いまして、こぶし会としても、今回敢えて強行することは憚られます。折角久し振りに御社製作所の見学及び懇親会を心待ちに楽しみに致しておりましたが、この度は中止とせざるを得ないことご了承賜りご連絡させて頂きます。
御社には是非とも全社一丸となってこの難局を克服されますよう、又、国民の足を担う日本一の企業として、頑張ってその責務を全うされますよう、心から祈念申し上げます。ご関係の皆様に、宜しくお伝えください。

(千葉県内の友人へ)
東北関東地区で起こった甚大な地震と大津波は、正に目を疑うほどの惨状です。千葉に住んでいる知り合いなどからの情報でも、非常に恐ろしかったという話を 聞いております。千葉県内にお住まいの貴方には、物凄い揺れと引き続く余震に恐怖を覚えられたことと思いますが、被害はございませんか?
4月には、旧友会で新潟造船訪問の計画があったため、私も久し振りに新潟を訪れ、序に新津車両製作所を見学する予定でありましたが、この震災で中止になったとの報告があり、非常に残念に思っています。新津車両製作所の方から聞いた話では、JR東日本でも莫大な被害を受け、社員も今尚2,000名の方の安否が不明だとのことでした。三井造船千葉でも、建物等に大きな被害を受けたとの話を聞いています。兎も角ここは、皆様の無事を確認させて頂きたく、メールさせて頂きました。又、ご親戚の方などで被害に遭われた方もおられるかと思いますが、その方々には心からお見舞い申し上げます。
私たちも、東南海/南海地震が近々に起こらないとも限りませんので、自分自身で出来る防災対策を万全にしたいと思います。

(玉野みなと芸術フェスタ実行委員会のメーリングリストに)
先週起こった東北関東大震災では、多くの方が犠牲となり家を失うなど、余りにも痛ましい大災害となりました。原発破損による放射能汚染の心配も大きく懸念されています。皆様方のご親戚やお友達にも、被災された方があると思いますが、心からお見舞い申し上げます。
又、今回の震災で、日本経済も大打撃を受けました。ここは、被災を免れた西日本に住む我々が踏ん張って、経済の活性化と明るい未来に向けての活動に全力を挙げることが求められます。東日本の方々への支援と共に、私達の活動についても、意気消沈することなく、活力アップを図って行こうではありませんか。宜しくお願いします。

東日本の方々は、震災後1週間を経て、今復興に向けて立ち上がろうと歯を食いしばっている。日本全体が、閉塞感に打ちひしがれるのではなく、明治維新にも劣らぬ平成大維新で、この国難を見事に克服しなければならないと願う。
サッキー自身も微力ではあるが、その一人としてできることをやって行きたいと思う。

2011年3月6日日曜日

サッキータイム ~「玉野みなと芸術フェスタ2011」活動方針~

3月6日

宇野港域のイベントとして、宇高交流アート展を開催することを計画しているが、そのテーマを「南北楽観主義~せとうち」とした。そこで、芸フェス2011の活動方針をその内容を織り込んで一部修正したので、その内容を下記報告する。

◇ 2011年の活動方針
これまでの活動経緯にもある通り、地域の歴史や文化とアートを融合し地域の個性と魅力を引き出すことにより、地域住民とのCommunication(交流と共感)、Common(文化の共有)、Comfortable(寛ぎと楽しみ)を得ることを、フェスタの目標に据えながら活動してきた。
フェスタは、一昨年から福武教育文化振興財団の3ヶ年継続助成事業に推薦されたことを受け、当初からの念願であった「アートシティ玉野」の実現に一歩でも近づけるため、山田・東児地区(東街道域)~宇野・築港地区(宇野港域)~日比・渋川地区(西街道域)と広域での活動を計画した。3ヶ年計画では、「アートシティ玉野への道」と題して、玉野における芸術文化活動の面的拡がりを目指すこととした。今年は、その3ヶ年計画の最終年を迎え、いよいよ西街道域でも新たな文化的活動を起こすこととする。
東街道域の活動は今年5年目を迎え、まちづくり講座生が研究してきた歴史の集大成を後押しする形で、地域の歴史・文化を楽しく学べるイベントを開催し、地域への愛着を深めてもらうこととする。
宇野港域はフェスタの原点であり、長期的なアート展開を継続するとともに、玉野でしかできない玉野ならではのアートイベントを展開し、宇野港域でのコミュニティの輪の拡がりに繋げることを目指す。
今年は、初めて西部の日比・渋川地区に進出することを目指すが、先ずは地区住民を中心にしたまちづくり講座を立ち上げ、地域の歴史や文化遺産などを調査することとする。その調査活動を元に歴史散策マップを作り、関連するイベントを計画・開催する。
「アートシティ玉野」の実現にはまだまだ遠い道のりではあるが、活動の基本は地域の歴史や文化と融合し地域の個性と魅力を引き出すことであり、今後とも地域住民とともに歩む姿勢を貫いてゆく。

 各イベントの企画概

● 宇野港域イベント
宇野港域はフェスタの原点でありこれまでアートな港を目指してきたが、未だアートな港としての成果に結びついたとは言いがたい。今年は、長期的なアート展開を継続するとともに、玉野でしかできない玉野ならではのアートイベントを展開し、宇野港域でのコミュニティの輪の拡がりに繋げることを目指す。

a. まちなかアート展「軒先計画」の開催
昨年、宇野・築港地区に人々の視線を集中させる展開を行うために、長期的なアート作品を商店街の軒先に設置する「軒先計画」を展開した。観て楽しく人を導くような作品を宇野港~商店街に続く軒先や店舗に展示し、訪れる観光客や地域住民とのコミュニケーションを図る交流空間とすることを目指し、美術家/清水直人氏の作品「Migratory bird→LIFE」を築港商店街に展示した。
今年から別プロジェクトとして、若手クリエータ(アーティストなど)を築港商店街に移住することを促進する計画が進められようとしている。そこで、今後の軒先計画としては、彼らが移り住んだ家の軒先に彼ら自身の作品を展示する形で進めることとする。商店街の再活性化策としての若手クリエータ移住計画に合せて、宇野港域でのパブリックアートを鑑賞しながらまち歩きを楽しめるまちなかアート展「軒先計画」を開催する。これまで以上に個性的で継続的なまちなかアートが期待される。

b. アート/アーティストプログラム「南北楽観主義 ~せとうち~」の開催
この企画は、宇野側の作家は高松で作品を展示し、高松側の作家は宇野で作品を展示する、せとうちを挟む南北アーティストによる交流プログラムである。
フェスタとして初めて取り組む、玉野でしか出来ない玉野ならではのアートイベント「南北楽観主義 ~せとうち~」では、両地区作家による展覧会のほか、相互のアーティストによるワークショップやシンポジウム等も企画、開催する。
今回プログラムは、作家個人のネットワークに加え、アート団体や企業などの協力を得て、異なる南北の土地で活動する作家の交流・交換展を開催することで、各団体の交流を活発化するとともに、芸術活動の理解や意識を深めることを目的としている。この活動を通して、異なる土地で活動を行う作家・団体等のネットワークを築き、情報の交換、個々の活動の活発化、他ジャンルとの連携、プロジェクト化、又今後活動を起こしたい人々に情報を提供するなど、芸術・芸能の活動基盤の強化と促進を図ることとする。

● 東街道域イベント「たまの東街道2011」
過去4年間進めてきた山田・東児地区での活動を、今年はその集大成の年として歴史・文化に特化した形で山田まちづくり講座生及び地区住民の方たちと連携しながら、下記アートイベントを実施する。

a. 東街道歴史探訪ラリー
山田・東児の広域で活躍してきた歴史人物の記念碑や遺構を訪ね、より深く東街道域の歴史を学ぶための東街道歴史探訪マップを作り、東街道歴史探訪ラリーを開催する。

b. 「浜子径」散策ルート作り
昨年、塩の道散策ルートとして旧味野専売支局山田出張所から塩竈神社につながるルートマップと各拠点を示す看板を制作設置し、大変好評を博した。しかし、ルートの東突端に位置する三五の灯台へのアクセスが出来ず、地域住民から何とかして欲しいとの強い要望があった。
そこで今年は、塩竃神社から三五の灯台までの安全なアクセスルート「浜子径」を、地権者であるナイカイ塩業㈱と協力して作り、製塩の歴史をより身近に感じられるようにすることを計画する。

c. 狂言を楽しむ!Vol.4
昨年11月、玉野市民が参加した狂言講座は、狂言師/田賀屋夙生氏の指導の下、新作狂言「野﨑武左衛門」を東野﨑会館と宇野中学校の2ヶ所で公演、好評を博した。この新作狂言は、入浜式塩田での作業や生活、塩田王・野﨑武左衛門が遺した多大な功績を、明るい笑いと形式美を重んじる「狂言」と言う演劇手法で伝えようとするものである。
今年は、野﨑武左衛門の生まれ故郷であり彼の塩田開墾の原点でもある児島で、彼の子孫が遺した迨暇堂を舞台として公演することを計画する。
又、この狂言は、玉野の新たな地域文化として育つことを願って演じられた。そういったことから今年は、「野﨑武左衛門」に代わる新たな創作狂言にも挑戦することとする。

● 西街道域イベント
a.日比・渋川まちづくり講座(仮称)の立上げ
これまでフェスタは、宇野港域、東街道域の歴史や文化と触れ合う形で活動してきたが、未だ手付かずの日比・渋川を中心とする西街道域についても、古い街並みや歴史を有することから、日比市民センター管内の有志を中心としたまちづくり講座を立上げ、活動の輪を拡げようと考えている。
講座の立上げ及び運営は、日比市民センター管内有志の方々に主役となっていただき、当委員会は西部地区での新たな展開の足掛かりとして、講座運営を後方から支援する形をとることとする。

b. タマノクルーズ2011
宇野港~瀬戸大橋~日比・渋川港を結び、海から観る玉野の景観や竪場島でのみかん狩を楽しみ、日比・渋川地区の名所旧跡を訪ね、日比・渋川地区有力企業の工場見学など、「学び」と「遊び」をテーマとしたクルーズを計画する。

2011年3月2日水曜日

サッキータイム ~新作狂言「野﨑武左衛門」の迨暇堂公演~

3月2日(水)

玉野市内でアートによるまちおこしを行うために2003年から活動を続けている「玉野みなと芸術フェスタ実行委員会」は、一昨年から玉野市東部の山田地区で古典芸能の狂言に取り組んでいる。山田地区には、児島出身の野﨑武左衛門が開墾した広大な東野﨑浜塩田があって、かつては多くの製塩労働者で溢れていた。武左衛門が児島味野で製塩事業を始めて以来180有余年の歴史を有するナイカイ塩業㈱は、今も山田地区で製塩業を続け、地区に多大な貢献をしてきておられる。又、地域には製塩にまつわる遺構や遺跡なども数多く残っている。
そのようなことから、我々は地区に残る製塩の歴史や文化を狂言という形で残すべく、狂言講座を立ち上げ新作狂言「野﨑武左衛門」を創り、一昨年は山田地区で、昨年は宇野地区で公演してきた。新作狂言の題材とした野﨑武左衛門は、山田地区で広大な塩田を造り地区の尊崇を集めているが、元々は倉敷市児島味野の出身であり、何とか彼の生まれ故郷である児島での公演が出来ないものかと、ナイカイ塩業㈱を始め関係の方々に相談させていただいた。その結果、こナイカイ塩業㈱のご好意によって、迨暇堂での公演を許可していただくこととなった。真に有難いことと思う。
公演実現のために、講座生は現在一生懸命練習を続けているが、公演実施を支えるための組織作りや幾つかの課題を克服しなければならない。そこで、その課題克服のために、児島商工会議所や倉敷市に以下に示すことなどについてご検討をお願いし、何とか実現できるところまで漕ぎつけた。

1.公演開催の概要
 玉野市山田地区で生まれた新作狂言「野﨑武左衛門」の公演を児島迨暇堂で開催する。

2.公演開催の目的
(1) 一般の人にあまり知られていない郷土の偉人の業績を、武左衛門も親しんだ「狂言」という日本古来の面白い表現様式で知ってもらうことにより、郷土への愛着と誇りを育む。
(2) 公演実施を通じて、塩田王・野﨑武左衛門を生んだ倉敷市児島地区と新作狂言「野﨑武左衛門」を生んだ玉野市との連携を深める機会とする。
(3) 普段観ることのない日本古来の伝統芸能を、「野﨑武左衛門」という地区の偉人の物語を鑑賞し、生でじっくり味わうことにより、日本文化の底の深さと日本という国の良さを肌で感じる機会を持つ。

3.公演開催要項(案)
(1) テーマ名:「児島で狂言を楽しむ!」
(2) 主 催:玉野みなと芸術フェスタ実行委員会
(3) 共 催:財団法人 竜王会館、田賀屋狂言会
(4) 後 援:倉敷市、玉野市、倉敷市教育委員会、玉野市教育委員会、児島商工会議所、玉野商工会議所、玉野法人会、ナイカイ塩業㈱
(5) 開催日時:2011年5月29日(日)14:00~16:00
(6) 開催場所:倉敷市児島味野・迨暇堂
(7) 番組&出演者:
 ① 入浜式塩田及び新作狂言について(PPTによる解説)
 ② 新作狂言「野﨑武左衛門」:(出演)玉野狂言講座生、(特別出演)田賀屋夙生、後見(広坂武昌)
 ③ 古典狂言(番組未定):(出演)田賀屋夙生、島田洋海
(8)入場料:1,000円(検討中)

4.公演開催のために解決すべき幾つかの課題
(1) 組織作り:後援者の範囲
(2) 必要経費の確保:パンフ&プログラムへの広告料収入又は協賛金、及び入場料
(3) 広 報:倉敷市の広報誌、山陽新聞、テレビ(KCT)、ラジオ、パンフ等

◆ 新作狂言「野﨑武左衛門」活動のこれまでの経緯
玉野市山田地区には、塩田王・野﨑武左衛門が182年前に始めた入浜式塩田以来の長い製塩の歴史が脈々と息づき、今もこの地区最大の産業として生産が継続されている。地区に残るこれら製塩の文化や歴史遺産を後世に引き継ぐために、狂言と言う日本古来の芸能表現を使うことによって、当地区の新たな文化創造を図り、地区の地域おこしひいては玉野市の新しい文化活動の核となることを目指した。
又、野﨑武左衛門は、当時の岡山を代表するほどの文化人・経済人であり(茶人で、絵画・書等の目利きをし、蔵書も多くインテリであっただけでなく、財政的に池田藩にも貢献)、中でも謡や狂言においては自らも嗜み、その催しを幅広く招聘していた。そのような実績を知るにつけ、その文化的事跡を地元の誇りとして末永く顕彰するための活動として、この新作狂言の実現を図りたいとの思いがあった。更に一昨年の調査で、日本の伝統芸能である狂言には、酒、砂糖、酢、昆布等の生活用品に関わる演目はあったのだが、必需品である「塩」をテーマにしたものがないことも分かった。
そこで2009年、野﨑武左衛門の生い立ちから製塩事業成功に至る事跡、浜子唄に歌われた浜子たちの生活等を改めて調査研究し、それらの内容に基づいた塩に関する新作狂言を創り、地元住民に出演してもらうことにより、今後末永く残る山田地区の新たな文化遺産とすることを目指した。
2009年11月1~3日に開催された玉野みなと芸術フェスタ2009の第2期イベント「たまの東街道2009」のメーンイベントとして、11月1日に開催した「狂言を楽しむ夕べ」で創作狂言「野﨑武左衛門」を初公演、大きな反響と評価を得ることとなった。
2010年5月、新旧メンバー9名の玉野狂言講座生は、宇野地区での公演を目指して田賀屋夙生氏の指導の下、月2回のペースで練習を開始した。昨年の山田地区イベント「たまの東街道2010」においては、11月14日、「わが町歴史探訪ライブ」として浜子唄ライブと新作狂言の発表を東野﨑会館で開催した。又、11月28日、宇野中学校武道場で開催した「たまので 狂言を楽しむ!」の公演では、約180名の観客に楽しい笑いを提供し、大好評を博することとなった。
迨暇堂での狂言「野﨑武左衛門」公演については、一昨年暮に2010年雛人形展でのイベントの一つとして話が持ち上がったが、実現には至らなかった。新作狂言の題材とした野﨑武左衛門は児島出身の方であり、迨暇堂は野﨑家の文化資産でもあることから、この度ナイカイ塩業㈱のご好意により迨暇堂での公演をご了承いただき、大変有りがたく思っている。
皆様のご支援・ご協力を得て、是非迨暇堂公演の実現に向け、困難を克服して参りたいと考えているところである。
下の写真は、昨年11月28日(日)に宇野中学校で開催した公演の様子である。