2011年1月8日土曜日

サッキータイム ~「玉野みなと芸術フェスタ2011」基本計画~

2011年1月8日(土)

今年卯の年、初めての投稿である。
今年の活動も又、芸術フェスタに始まり芸術フェスタに終ることと思うが、その計画は以下の通りとしている。果してうまく運ぶことやら・・・、今年もやるっきゃないか。

1.「玉野みなと芸術フェスタ2011」の方向性と活動方針
(1) これまでの活動の経緯と今後の方向性
2003年に始まった「玉野みなと芸術フェスタ」(以下「フェスタ」という)は、宇野港をアートな港として全国に情報発信することを目的に、当初4年間宇野港域を中心に活動してきた。
その後、フェスタは山田・東児地区の塩田労働者が歌っていた「浜子唄」にスポットを当て、塩作りに始まった玉野の近代歴史と製塩文化が凝縮された東部地区に舞台を移し、地区の歴史・文化とアートの融合を図ることを新たな目的として、歴史遺構とアート散策を楽しめる「たまの東街道展」を開催した。
宇野港竣工100年を迎えた2009年には、宇野港域で立上った宇野・築港まちづくり講座生とともに、同じコンセプトに基づいた歴史展「宇野港100年ものがたり」を開催するとともに、閉じて久しいシャッター街の商店を開けて行う、たった3日のアートイベント「ウノイッチョウダイ」を開催した。短期イベントの限界を感じたフェスタメンバーは、昨年から長期のまちなかアート展「軒先計画」を開催した。又、2009年から東部地区を中心に始まった狂言講座の活動に対しても、新作狂言「野﨑武左衛門」の宇野公演をきっかけに、玉野市における古典芸能を愛でる新たな文化活動の定着を望む声が聞かれるようになった。
玉野市は、明治期に開通した宇野港と大正期に生まれた造船の力により、「船と港のまち」として栄えてきた。戦後の経済一辺倒の時代を経て21世紀に入った現在、物の豊かさから心の豊かさへと価値観が大きく変化、文化や芸術が尊ばれる時代となった。正にこれからの玉野市の進むべき方向性は、アートが溢れる魅力あるまちとして「船と港とアートのまち」と呼ばれるようになることではないかと考える。
「フェスタ2011」は、この方向性に沿った地道で着実な活動を、市民の熱意と英知を結集しながら継続してゆくべきであろうと考えている。

(2) 2011年の活動方針
これまでの活動経緯にもある通り、地域の歴史や文化とアートを融合し地域の個性と魅力を引き出すことにより、地域住民とのCommunication(交流と共感)、Common(文化の共有)、Comfortable(寛ぎと楽しみ)を得ることを、フェスタの目標に据えながら活動してきた。
フェスタは、一昨年から福武教育文化振興財団の3ヶ年継続助成事業に推薦されたことを受け、当初からの念願であった「アートシティ玉野」の実現に一歩でも近づけるため、山田・東児地区(東街道域)~宇野・築港地区(宇野港域)~日比・渋川地区(西街道域)と広域での活動を計画した。3ヶ年計画では、「アートシティ玉野への道」と題して、玉野における芸術文化活動の面的拡がりを目指すこととした。今年は、その3ヶ年計画の最終年を迎え、いよいよ西街道域でも新たな文化的活動を起こすこととする。
東街道域の活動は今年5年目を迎え、まちづくり講座生が研究してきた歴史の集大成を後押しする形で、地域の歴史・文化を楽しく学べるイベントを開催し、地域への愛着を深めてもらうこととする。
宇野港域はフェスタの原点であり、長期的なアート展開を継続するとともに、玉野でしかできない玉野ならではのアートイベントを展開し、地域におけるコミュニティの輪の拡がりに繋げることを目指す。
今年は、初めて西部の日比・渋川地区に進出することを目指すが、先ずは地区住民を中心にしたまちづくり講座を立ち上げ、地域の歴史や文化遺産などを調査する。その調査活動を元に歴史散策マップを作り、関連するイベントを計画・開催する。
「アートシティ玉野」の実現にはまだまだ遠い道のりではあるが、活動の基本は地域の歴史や文化と融合し地域の個性と魅力を引き出すことであり、今後とも地域住民とともに歩む姿勢を貫いてゆく。

2.各イベントの企画概要(案)
(1) 宇野港域イベント
a. まちなかアート展「軒先計画‐Ⅱ」の開催
昨年、宇野・築港地区に人々の視線を集中させる展開を行うために、長期的なアート作品を商店街の軒先に設置する「軒先計画」を展開した。観て楽しく人を導くような作品を宇野港~商店街に続く軒先や店舗に展示し、訪れる観光客や地域住民とのコミュニケーションを図る交流空間とすることを目指し、美術家/清水直人氏の作品「Migratory bird→LIFE」を築港商店街に展示した。
今年から長期的視点で、若手クリエータ(アーティストなど)を築港商店街に呼込む計画を進めることとしているが、彼らが移り住んだ家の軒先に彼ら自身の作品を展示することを、今後の「軒先計画」として進めることとする。商店街の再活性化策としての若手クリエータ移住計画とともに、宇野港域でのパブリックアートを鑑賞しながらまち歩きを楽しめるまちなかアート展「軒先計画‐Ⅱ」を開催する。
b. 「宇高交流アート展(仮称)」の開催
宇野港と高松港を結ぶ宇高航路の開通以来既に100年を過ぎたが、両港間の相互交流については、連絡船やフェリー等交通以外の分野において活発に行われた形跡は殆んど見受けられない。海を隔てて隣り合ったまちのアーティスト同士が同じ目的を持って交流することは、お互いの異文化を知り理解することにより、芸術的感性を高めるとともに自分たちのまちを芸術・文化的観点から見直して行こうという意欲にも繋がる。
そのような効果を期待して、フェスタとして初めて取り組む玉野でしか出来ない玉野ならではのアートイベント「宇高交流アート展(仮称)」を、宇野港商店街にあって玉野の芸術拠点の一つでもある玉野市文化会館BAUHAUSを会場として開催する。開催期間中、相互のアーティストによるワークショップやシンポジウム等も企画、開催する。

(2) 東街道域イベント「たまの東街道2011」
過去4年間進めてきた山田・東児地区での活動を、今年はその集大成の年として歴史・文化に特化した形で、山田まちづくり講座生及び地区住民の方たちと連携しながら、下記アートイベントを実施する。
a. 東街道記念碑・遺構探訪ラリー
山田・東児の広域で活躍してきた歴史人物の記念碑や遺構を訪ね、より深く東街道域の歴史を学ぶための東街道歴史探訪マップを作り、東街道記念碑・遺構探訪ラリーを開催する。
b. 「浜子径」散策ルート作り
昨年、塩の道散策ルートとして旧味野専売支局山田出張所から塩竈神社につながるルートマップと各拠点を示す看板を制作設置し、大変好評を博した。しかし、ルートの東突端に位置する三五の灯台へのアクセスが出来ず、地域住民から何とかして欲しいとの強い要望があった。
そこで今年は、塩竃神社から三五の灯台までの安全なアクセスルート「浜子径」を、地権者であるナイカイ塩業㈱と協力して作り、製塩の歴史をより身近に感じられるようにすることを計画する。
c. 狂言を楽しむ!Vol.4
昨年11月、玉野市民が参加した狂言講座生は、狂言師/田賀屋夙生氏の指導の下、新作狂言「野﨑武左衛門」を東野﨑会館と宇野中学校の2ヶ所で公演、好評を博した。この新作狂言は、入浜式塩田での作業や生活、塩田王・野﨑武左衛門が遺した多大な功績を、明るい笑いと形式美を重んじる「狂言」と言う演劇手法で伝えようとするものである。今年は、野﨑武左衛門の生まれ故郷であり彼の塩田開墾の原点でもある児島で、彼の子孫が遺した迨暇堂を舞台として公演することを計画する。
又、この狂言は、玉野の新たな地域文化として育つことを願って演じられた。そこで今年は、「野﨑武左衛門」に代わる新たな創作狂言にも挑戦することとする。

(3) 西街道域イベント
a. 日比・渋川まちづくり講座(仮称)の立上げ
これまでフェスタは、宇野港域、東街道域の歴史や文化と触れ合う形で活動してきたが、未だ手付かずの日比・渋川を中心とする西街道域についても、古い街並みや歴史を有することから、日比市民センター管内の有志を中心としたまちづくり講座立上げの実現を図ろうと考えている。
講座の立上げ及び運営は、日比市民センター管内有志の方々が主役となって頂き、当委員会は西部地区での新たな展開の足掛かりとして、講座運営を後方から支援する形をとることとする。
b. タマノクルーズ「たまの西海道2010」
宇野港~瀬戸大橋~日比・渋川港を結び、海から観る玉野の景観や竪場島でのみかん狩を楽しみ、日比・渋川地区の名所旧跡を訪ね、日比・渋川地区有力企業の工場見学など、「学び」と「遊び」をテーマとしたクルーズを計画する。

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