2009年2月4日水曜日

サッキータイム ~6年前、玉野みなと芸術フェスタの原点

2003年11月~2004年2月

この年、NPO法人設立総会直前の8月、玉野市情報処理産業協会(略称:玉情協、NPO法人スマイルネット玉情協の前身)は、市の企画部N課長からの誘いがあって、市内の全ての他の団体が辞退した面倒なこの事業に乗り出すこととなった。その実施要綱に記載したテーマの説明文が以下の文章である。
尚、スマイルネット玉情協(略してSNTJK)は、翌2004年1月、岡山県内187番目のNPO法人として認定を受けた。

次年度(2004年)からスタートする本格的芸術祭を周知PRできるプレイベントとして、市民・県民の力を結集することによって成立するテーマを企画するために、八木マリヨ氏が創始した社会芸術・縄アートリンクプロジェクトを、岡山県玉野市で市民による市民のための新しい芸術を立ち上げる。
このため、国際的に活躍されている環境芸術・彫刻家である八木マリヨ氏の指導の下、【UNO! Andiamo avanti 】というテーマのパブリックアート「縄柱マリンモニュメント」を市民・県民の力を結集して制作する。縄は、宇野港に寄航する船たちを推進するプロペラと同じスクリュー(螺旋)であり、縄柱マリンモニュメントは、海洋観光都市玉野のシンボルともなる。縄柱マリンモニュメントは、市民の力の結集で作り上げるという点から、社会性と芸術性の一体化でもある。作品のモニュメントは、最後の「ファイナルセレモニー」において、時空を超えた宇宙に回帰させることでフィナーレを迎える。
タイトルの【UNO! Andiamo avanti 】は、イタリア語で、「ひとつみんなで前進しよう みんな心あわせてひとつになって 前に進もうよ。永遠に 海に空に大地に向かって 前進!螺旋回転し続けること」をイメージしている。(Ⓒ八木マリヨ)
このイベントは、人々からのTシャツの提供、帯作り、小縄・中縄・大縄・特大縄作り等の作業を通して、多くの市民・県民の参加が可能であり、市民・県民の力の結集という目的に格好のテーマであり、多くの友情による手作りの芸術となる。Tシャツには提供する人々の願いや思いを書き込んでもらい、最後のクライマックスである「ファイナルセレモニー」において、天空の神々にその祈りを届ける。
このイベントを通して、多くの市民が玉野市を「芸術港・ロマン街」に変貌させることに思いを寄せ、「玉野みなと芸術フェスタ」及び、次年度以降に予定される「アートの祭典」開催の気運を盛り上げる。

補助金の出た2年目の2004年度は兎も角、2005年度以降、補助金0という環境の中よくぞ続けてこれたと思う。最初の4年間を宇野、後の2年間を玉野市東部の山田地区で開催してきた芸術フェスタだが、2年ぶりに宇野に戻ることとなった今年、さて何をどのように進めるか、よくよく思案しないと・・・。
この間、玉野にも駅東創庫という芸術家の拠点となる場ができ、今ではそこで活躍するアーティストが6人もこの芸術フェスタに参加してくれることとなった。ありがたいことだ。

写真は、縄アート作りの初期段階、小縄綯いと特大縄作りの様子である。小縄作りには、Tシャツ48枚をつなぎ合わせ、24mの帯を3本より合せて作る。つまり小縄1本作るのに約150枚のTシャツが必要になる。小縄3本をより合せて中縄ができる。中縄3本で大縄、大縄2本で特大縄、特大縄4本をより合わせることによって、やっと巨大縄柱が出来上がる。計算したら分かるが、縄柱を作るためには約1万枚のTシャツが必要なのだ。2ヶ月ほどの短期間に13,000枚のTシャツが集まったのは、今思うと本当に奇跡的としか言いようがない。やる気になればどんな困難と思われることも可能にすることが立証できたイベントでもあった。
3枚目の写真が完成した縄柱にアルコールをかけているところ、奥に見える赤い車は、いざというときのために消防車にも待機してもらった。4枚目がクレーンで縄柱を立てているところ、縄柱の重量は約2.4トンもあった。5枚目の写真は建立された縄柱、最後のファイナルセレモニーを待つばかりの状態だ。

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